第31話 みさきちゃん
「ちょっと、化粧崩れしないうちに写真撮っちゃおうよー」
「凛、えらいドレスアップしてきたね」
「沖縄の空気をまとってきたって言ってくんない? 真由ももっと華やかにしてきたら良かったんだよ」
「あたくし、こう見えても一応人妻でございますから。ミセスは派手にしないんですのよ、ホホホ」
相変わらず真由と凜は二人で盛り上がってる。男子の方も長い空白を全く感じさせないじゃれ合いっぷりだけど。
十五年ぶりに集合した桜岡中学校一年五組のメンバー、顔も雰囲気もガラッと変わった人もいれば、あの日のままの人もいる。
一番変わったのは真由だろう。あのフワポニョだった彼女がすっかりスマートになって、えらい綺麗になってる。最初誰だかわからなかったくらい。姓も既に竹田じゃなくて、今は森園真由だ。そう、あのクラス委員長の森園と同じ高校に進み、そのまま大学も一緒で、卒業とともにゴールイン。見事にクラス委員夫婦だ。子供はさぞかし優秀になるだろう。
そしてその旦那、森園卓巳の方は、大手IT企業で働く企業戦士。真由とは正反対に、顔も雰囲気もあの頃のままだ。
何と言っても富樫、これが笑った。あれから更にニョキニョキと伸び続け、百九十九センチまで伸びてしまったらしい。あたしたちよりアタマ二つ分上空の世界にいる。まさに「待ち合わせは富樫の下で」といった感じだ。高校でもバレーボールを続け、どうやら石油王にはなり損ねたようだが、今では実業団バレーの選手として活躍中の名セッターだ。デカいのでセッターの癖にバンバンアタック打ち込んでるらしい。そりゃー相手にしてみれば反則だろう。とは言えアタッカーは二メートルあるらしいが。
青木は体育会系のまま引っ越し屋さんになって、毎日タンスだの食器棚だのを運んでるらしい。昔より更に筋肉隆々になって、美術室にある彫刻みたいになってる。
佐々木は茶髪ピアスになって、ホストでもやってんのかと思ったら、家電量販店の店長さんだって。お値段勉強しまっせ~、なんて言ってるけど、ホストの方が絶対似合ってる。
凜が凄い。何が凄いって、沖縄のおばあちゃんのところに引っ越して、ペンション経営してるんだって。もうすっかり
あたしはと言えば、一番普通かな。大学にも行かず、高校出てすぐに地元の百貨店に就職して、そのまま。サービスカウンターで商品に熨斗つけたり、迷子のお世話をしたり、忘れ物を預かったり、宅配の手配なんかしてる。特に仕事に誇りが持てるわけでもないけど、つまんないわけでもなく、それなりに楽しんでる。多分この仕事、好きなんだと思う。……多分。
そして、山科。彼がどうなっていたか、あたしは一番興味があったんだ。卒業してから一度も連絡を取ってない。彼は東京の大学に入ったって聞いてたけど、その後の消息が全くわからなかった。
彼は、笑ってしまうほど全く変わっていなかった。髪を染めるでもなく、オシャレをするでもなく、そのまま白衣を着ても違和感が無さそうで。それもその筈、彼は自分の通った大学で、作曲を趣味で続けながら物理の准教授になったらしい。言われてみればあの頃もよく「音楽は数学であり、物理でもある」なんて言ってた。電子工学をやりたいって言ってたけど、先生になっちゃったんだ。似合い過ぎて笑っちゃう。
さっきから佐々木と富樫に弄られてるけど、相変わらず真面目に受け答えしてる。まだ空気読めないんだ。山科らしくて嬉しい。
「山科、それで彼女いるの?」
「まさか。彼女いない歴イコール年齢だよ」
「マジかー! 俺なんか今現在だけで何人いるかわかんねーほどいるぞ。過去分まで入れたら三桁は下らない!」
「佐々木がチャラすぎるのよー、茶髪ピアスの店長がどこにいるのよ」
「ここ!」
あの頃と変わらない。みんな大きくなって、大人になったけど、何も変わってない。それが嬉しい。
***
まだ夕方だというのに、今からやってる居酒屋ってあるもんなんだ。二次会に流れていく男子たちの中で、相変わらず真面目な山科は「論文書かなきゃならないから」と言ってみんなと別れて行った。私も仕事の準備があるからって言ってみんなと別れ、山科と一緒に帰ることにした。
久しぶりに二人で並んで歩く夕暮れの帰り道。あの頃はよくこうしてピアノの話をした。とは言え、山科はいつも相馬先輩と一緒に帰ってたけど。
「相馬先輩のこと聞いた?」
「いや、聞いてないけど。音高行ったの?」
「それがね、音高、音大とストレートで行って、そのままオケに入ったんだって。もちろんホルン。凄いよね。あたしなんか成り行きで適当に就職しちゃったのに。山科もちゃんと自分の希望通りの道に進んだしね」
「でも、今の仕事、楽しいんでしょ?」
山科がふんわり笑う。あの頃と変わらない笑顔。
「うん、まあね。地味な仕事だけど、あたしには合ってるような気がする」
「良かったね。天職に出会えて」
「山科も、まだ作曲続けてたんだね」
「ああ、うん。趣味だから。一生続けると思うよ。相馬先輩のオケに演奏して貰おうかな」
「それいいかも」
「今は大学のオケにスコア提供してるんだ」
「へえ~、いいなぁ」
十五年会わないうちにすっかり大人になった山科。背も高くなったし喉仏も出てる。肩幅も多少広くなったけど、相変わらず痩せていてモヤシみたい。声変わりして、ふんわりとした優しいテノールになってる。講義の時はあの凛と張った声になるんだろうか。
「文化祭の日さ、相馬先輩、Eの途中で振り間違えたんだよね」
「えー? そうなの? 全然気づかなかった。っていうか、そういう事、ほんとよく覚えてるよね」
「いや、もうピアノ弾きながら笑ってたからさぁ」
山科がくすくす笑う。この笑い方もあの頃のまま。
「あの日の青木の演説ったらなかったね」
「うん、今考えるとあたしたちクサい青春ドラマしてたよね」
「そう言う桑原は号泣してたけどね」
「あーもう、やめてよ。黒歴史なんだから」
「いい思い出だよ」
ふと、さっきの佐々木の言葉が気になった。
「ねえ、山科、本当に彼女いない歴イコール年齢なの?」
「うん、そうだよ」
「女性に興味ないの? もしかして、その……同性愛者?」
「そんなこと無いよ。僕はノーマルだよ」
相変わらず真面目に答えてくれるもんだから、変なこと聞いて申し訳なくなっちゃうよ。
「そうだなぁ、作曲や物理よりも魅力を感じる女性が現れないんだよね」
「えええ~? 女の子より物理のほうがいいの?」
「うん、物理や数学の方が楽しい。過去に一人だけ好きになった人がいたけど、会えなくなってから好きだったって気づいたから、言いそびれちゃってね」
「あはは、山科でも恋なんてしたんだ」
「うん、そうだね」
そこは「笑うなよ」っていうとこだよ。認めるんだもんなぁ。これじゃ彼女ずっとできないだろうなぁ。
「その子、どうしてるの?」
「働いてる。お店で」
「会いに行かないの?」
「お店に勤めてること、ずっと知らなかったんだよ」
「じゃあ、会いに行けばいいのに」
「今度そうしようと思ってる」
「どんな子なんだろう。山科の初恋の人」
「見る?」
「え……」
写真持ってるの? 山科、なかなかどうしてやるじゃん!
「見る見る見るっ!」
もう、興味津々だよ! 山科が好きになる子だよ~。物理と数学と電子工学と作曲より興味のある子だよ~。うわーい。見ちゃっていいのかな?
「ほら、これ」
山科がスマホを開いて見せてくれたその写真に、あたしは見覚えがあった。
「これって……」
「うん。あの時の」
そう。『みさき♡』『ゆうと☆』ってケチャップで書いたオムライス。それって……つまり……。
「あ、なんかこれってアレだね。告白したみたいになってるね、僕」
みたいじゃなくてそのまんまでしょ。
「え、あ、それ、その、過去形?」
やだ、ちょっと、あたし何聞いてんのよ。
「ううん、現在進行形」
山科も! 何を普通に申告してんのよ。
「だって、十五年だよ?」
「うん。十五年だね。僕の今までの人生の半分以上だ。桑原以外の女の子、好きになったことないんだよ」
サラッと言わないでよー!
「あっ、あの、あたし、どうしたらいいのかな、これ」
「それは難しい問題だね。僕に訊かれても、僕の気持ちはたった今申告したばかりだし。桑原の気持ちは僕にはわからないから、僕から言えることは何もないよ」
やだー、こんなところもあの頃のまま。
「ね、もしかしてだけど、あたしの気持ちとか知りたかったりとか、する?」
「それはもちろん把握できるに越したことはないね。君が僕のことを嫌いでなければ僕は君を休みの度にデートに誘うだろうし、君が僕のことを積極的に好きであればお付き合いを申し込むことも考えられる。そうは思わない?」
うう……。
「それに、そういう関係になれば、僕は君を桑原とは呼ばずに、すみれ組の時のように『みさきちゃん』って呼べるね」
あう~~~~。
「で、僕はどうしたらいいかな?」
さっきと逆の立場に追い込まれてしまった! あ、あたしは、あたしは……。
なんかもう山科の方なんかまともに見ていられなくて、うつむいたまま顔が上げられない。
「そう、だね。ええと、じゃあ、まずは、桑原って言うのやめて貰おうかな」
うっわ、恥ずかし、死ぬほど恥ずかし。ほんと死にそう……。
「それは僕に美咲ちゃんって呼んで欲しいということ、即ち僕と付き合うことを積極的に望んでいるというふうに受け取っていいのかな?」
「論理的に説明するのやめてよー」
「説明じゃなくて確認だよ。言質を取るともいう」
あああ、昔より理屈っぽくなってる! しかも楽しそう!
「あーん、もういいから。その通りです、積極的に望んでます」
山科が悪戯っぽく笑う。この人、悪戯は覚えたんだ。
「了解しました、美咲ちゃん。ありがとう。まさか十五年経って君を美咲ちゃんって呼べる日が来るとは思わなかったよ」
もう、鈍感なうえに天然なんだから。あーもう顔が熱い。
「あたしがあの頃、山科のこと好きだったの、気づいてなかったの?」
「うん」
ニコって。満面の笑顔で返された。
「あー、あの頃に気づいていればなぁ。ずいぶん遠回りしちゃったな。でも、これで良かったのかもしれないね。あの頃に気づいていたら、僕は君に夢中になりすぎて、勉強どころではなくなっていたかもしれないからね」
そういうことをあたしを目の前にして言うかなぁ。もう、どんな顔してたらいいのよー。
「あ、そうだ。せっかくだから、これから初めてのデートというものをしてみない? 論文は後でもいいや。ちゃんと二十一時までには電車に乗せるから」
そんなところも山科。ありえないほど真面目だな。
「そういう時は『今日は君を帰したくない』とか言うものでしょ?」
「それは二十一時になってから言うつもりだった」
「もう!」
彼はあたしの手を取って歩き出した。
あたしはこの『漢字が書けない脳』の天才と、この先ずっとずっと、おばあちゃんになっても一緒に歩いて行くような、そんな予感がした。
(おしまい)
GIFT 如月芳美 @kisaragi_yoshimi
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