6-3.姫琴は吹っ切れる。
帆篠さんは細い顎に指を当て考え込んでいる。
て言うかやけに寒いな。あ、そうか今パンツ一丁だったわたし。いやいや、わたしじゃなくて悪魔の人。
『すごい他人行儀な表現された』
「なんでも叶えますよ? あぁ、おっぱい大きくするってのも全然ありです。あなた様、少しばっかしお胸が寂しいようなので」
帆篠さんの目がカッと見開かれた。
同時に腹部に鈍い痛みが走る。彼女の拳が右脇腹にめり込んでいた。い、痛い。これ痛みも共有してるのか。
……その必要はあるの? 痛がり損なんだけど、わたし。
「あ、あたしはそんな低俗で俗欲にまみれた考え方はしていないの。人を見た目で判断したりしないし、自分の胸が他の人に比べて乏しいと感じたこともないわ。
そもそも、あたしの胸は小さくなんかないし、寧ろちょうど良いと言うか日本人の平均値とはそこまで差異がなくて、形は良いし服も選ばないし何より大きすぎたら肩も凝ると言うし、服が似合わなくなったり肩が凝ったりするから良いのよ!」
めっちゃよく喋るな、帆篠さん。最後の方重複してるし。
絶対気にしてるよ、帆篠さん。
『そうでしょ? まったく人間って何考えてるかわからんですよね。せっかく大きくしてやるって言ってるのに』
あのね、これはあなたが悪いよ。
コンプレックスを指摘されたらそれがその人の中で重大であればあるほど否定したくなるものなの。あなたがいらないこと言わなければもしかしたら彼女から『胸を大きくしてほしい』って言ってたかもしれないよ?
それをあんな風に言ったらプライドが傷ついて気にしてないって言いたくもなるよ。
『そ、そう言うものなんすか……勉強になります』
やっと腹部の痛みが落ち着いてきた。
むき出しの肌を殴られるのってこんなに痛いんだなぁ。格闘家の人を尊敬しちゃうよ。
「じゃ、じゃあ願いを決めてくださいよ……」
この悪魔も結構疲労困憊している。空には星もチラつき出した。
空気はさらに鋭さを増し、直接体を撫でる。このままだと凍死してしまうのではなかろうか。
「願い事は無いわ。強いて言うなら、もう帰りたいのだけれど」
「そんな訳には……悪魔の掟なんで。なんか願い叶えないと帰れないんですよ」
悪魔の掟ってシビアなんだな。
『やばいっすよ。封印解いた人間の願い叶えずに帰ったら、別に罰とかは無いんすけどめっちゃ笑われます』
そんなシビアじゃなかった。
あと、敬語やめてほしいんだけど。
どんな封印されてたの?
『お言葉に甘えてタメ口に戻させてもらおう!』
うわ、切り替えはや。
『かくれんぼしてて冷蔵庫に入ったら出られなくなったんだ! 二時間も!』
しょ、ショボい! そして結構期間短い! て言うかそれ、封印じゃ無いし!
『人間界で暮らしてみてわかったけど、冷蔵庫って入ったら中から開かないんだよな。迂闊だった。
そんで、かくれんぼの途中で帰った奴ら絶対許さん』
心中はお察しします。
帆篠さんは溜息をひとつ吐いてわたしと同じ事を言った。
「とりあえず、敬語で話すのをやめてもらって良い?」
「お言葉に甘えてそうさせてもらおう!」
うわ、切り替えはや。
水を得た魚のように悪魔はまた饒舌に戻る。
「本当は叶えたい願い事あるんだろ? 俺、悪魔だからわかるんだよ。
本当に叶えたい強い願いが、その心の奥に見える」
帆篠さんの表情が僅かばかり曇った。それは悪魔の言葉が図星であると物語っている。
では、どうして彼女はその願いを口にしないのだろう。
わたしは帆篠さんの願いを知りたいのと、それをこんな形で盗み見る事がとてつもない悪だと言う矛盾した気持ちに挟まれている。
「最後の願い事、決めたわ」
氷のように冷たい声。
「あたしの願いを叶えないで」
そう言い放つと彼女は踵を返して歩き出した。
悪魔はわかった! と手を振り彼女を見送る。
帆篠さんの姿が見えなくなったところで、悪魔は我に返る。
「……あれ? それって無理じゃね?」
気付くの遅いよ!
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