5-2.悪魔は見切り発車である。
「うぅ……」
何やら姫琴が頭を抱えて唸っている。
友人の一大事に俺は動揺を隠せない。
もう放課後のチャイムが鳴ったって言うのに何事だろう。俺はまぁあれだけど、普通学生って言うのは、勉学から解放されて羽根を伸ばす時間がやってきた今が一番テンションの上がる瞬間だと言うのにこの落ち込みようはただ事ではない。
「どうしたんだ!? 一体どうしたって言うんだ!?」
「今回のテスト、ちょっとヤバイかなぁって」
彼女の返答にほっと胸を撫で下ろす。
良かった、そこまで深刻な悩みではないようだ。
「今回の範囲は少し広いからなぁ」
俺にとっては初めての定期試験なんですけどね。でもみんなこんな感じの返答してるよね。
「葦木くんは平気なの?」
「俺、テストとか関係ないし!」
悪魔だし! 成績とかどうでも良いし! 将来の事とか考えなくて平気だし!
「三十点以下は補習だよ? また迎井先生に怒られるよ」
それは勘弁願いたい。
この後も朝の一件で職員室に招待されていると言うのに……。
「聞くからに頭の悪そうな回答ね」
帆篠は苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。奥歯ですり潰された虫の体液が口の端からポタポタと漏れている。ごめん、嘘。
「でも、あなたらしい……馬鹿っぽい考え方に十点」
なんだそのポイントは。テストの点数に加算してくれるのか?
「帆篠さんはいつも成績良いよね。どんな風に勉強してるの?」
「授業をしっかり聞いていれば、あとは復習するだけでしょう? 所詮は学校のテストなんだから」
「うぅぅ……それができれば苦労しないんだけどなぁ」
「葦木君も授業だけは真面目に聞いているわよね。似合わないからマイナス十点」
おいおい、採点基準がおかしいだろ。
なんで馬鹿っぽいところに加点されて真面目なところに減点されてんだ俺。
「何ペン先生なんだよお前は」
「バッテン先生よ」
「九州のローカルタレントかよ! 丸をつけろ丸を!」
「葦木君のこと褒めとるのにしゃっちがそんな目くじら立てて言わんでよかろうもん。うちくらすぞ」
「え……その熊本弁合ってんの?」
「さぁ? 熊本の方言は社会のテスト範囲ではないから勉強してないし、適当よ」
思い付きで人を罵倒すんな。
『うちくらす』って『殴り殺す』的な意味合いだからね? 生活を一緒にする的なニュアンスではないよ。
「葦木君、素行が悪くて器量も悪いなら勉学くらい真面目に取り組んだ方が良いわ」
え……唐突に、何その辛辣な言葉。
「う、うるせぇやい! 俺はやれば出来る子なんだよ! 顔も悪かないし素行も悪くはない!」
「あ、そうだ。勉強会しようよ、今から二人とも時間ある?」
姫琴はグッドアイデアと言わんばかりに表情明るく手を叩いた。
勉強会。聞いたことがあるぞ、テスト前に友達同士集まってやるやつだ! テストと言う苦難を共に乗り越える為、皆が力を合わせる青春通過イベントのひとつ。
断る理由がない!
「いいなそれ! やろうやろう!」
「あたしは構わないけれど……ちゃんと勉強するのよね?」
げ、なんだお前も来んのかよ。確かに姫琴は『二人』って言ったけど、空気読めよ。
「じゃあ駅前のファミレスに行こう! わたしドリンクバーのクーポン持ってるから」
ありったけの教材をカバンに詰め込み姫琴は立ち上がる。俺も真似して机の中身をカバンに移した。
先生からの呼び出しについてすっかり忘れていた為に、翌日の朝から怒涛のようにお説教を受けることになったのは、まぁ後々のお話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます