5-3.姫琴は心配する。
「頭が痛くなってきたわ……」
帆篠さんはがっくりと肩を落とし、疲れた面持ちで溜息を漏らす。
わたしも苦笑いを噛み殺しながら彼女に相槌を打つしかなかった。
話題は葦木くんについてである。
まさか、全ての教科で同じノートを使っていようとは。
学力はまぁこの際置いておいて、彼の奇行がここまでのものだったなんて……。私達の常識はやはりどうして、彼にはなかなか通じていないらしい。『ノート』と大袈裟に書かれたノートを目の当たりにした瞬間の彼女の表情が目に焼き付いて離れない。
どこにいつの授業のどの教科の内容が書かれているのか探すだけで時間を大幅にロスし、勉強会は瞬く間に過ぎ去って行く。
唐突に縦書きになったり横書きになったり英文が出てきたり数式が並んでいたり、見ているだけで頭が痛くなってくるような書物を前に、私達はただ絶句するしかなかった。
「お手洗いに行ってくるわ。もしも帰らなければ、彼に愛想を尽かして逃げたのだと思ってちょうだい」
葦木くんは席を立った彼女の背中を恨めしそうに眺める。
「なんであんなに怒ってんだ?」
「葦木くんのノートが随分と個性的だったから……かなぁ?」
お陰様で帆篠さんは自らの勉学が手付かずのままである。
わたしはわたしで成績優秀な帆篠さんの教鞭を期待していただけに僅かばかりの焦りを覚えている。
「葦木くん、本当にちゃんと勉強しとかないとまずいよ。ノートの件は置いといて、このままだと補習だよ」
◯を二個書いて8の字にすると言う幼さの残る筆跡が、高校生とか言うそれ以前の問題である。たまに◯が離れてなんじゃこりゃってなってるし。
「まぁ、その気になりゃ魔術でなんとでもなるし」
ず、ずるい! それ卑怯だ!
みんな必死で勉強してテストに臨んでいるというのに、悪魔はやっぱりずるい!
「帆篠がひくくらい阿保なら、それで全部解決すんのになぁ」
「ん? どういうこと?」
帆篠さんがすごく頭が悪かったとして、何が解消すると言うのだろうか。葦木くんとの諍いが増えるだけのような気もする。
「あれ、言ってなかったっけ? 俺、帆篠の願いを叶えるために人間界に来たんだぜ? それが願い事わかんねぇから困ってんだよ。『頭よくしてくれ』って願いならすぐに叶えられるのになぁ」
いやいや、初耳も初耳だ。
驚きを隠せないままに彼に聞き返す。
「ど、どういう事!?」
「話せば長くなるんだけど……」
「あなた達、手が止まっているわよ。」
帆篠さんが私達をギラリと睨み立っていた。
「早かったな。小さい方か?」
帆篠さんのグーパンチが飛び出た。
「あなた……学校の勉強の前にデリカシーと言うものを学びなさい」
うん、葦木くんが全体的に悪い。
しかし、彼女の帰還によって話は中断されてしまった。そんな心中を察してか、葦木くんは言う。
「大きい方だったら良かったのに」
二度目のグーパンチだ。
帆篠さんは氷をさらに凍らせたような面持ちで、ただ頬を少し染めてワナワナ震えている。
葦木くんに変な趣味があるのだと、変な誤解をされていないことを願うばかりである。
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