精神世界SFの傑作

最初は自虐的私小説のような体で始まるので、すっかり騙されてしまった。供述のリアルさは元より「お前小説」というべき新しいジャンルを開拓したかに思える。
勘のいい読者ならこの時点で解離性の人格障害を予想するかも知れない。その通り、これは歴としたホラーであり、SF小説なのである。現代科学はキチガイの脳の中に正常な人格を形成することに成功したのだ。

もともと精神の異常と正常の境界などは普遍性を基準にしただけの曖昧なものだ。
夢野久作の『ドグラ・マグラ』を彷彿とさせる彼らの錯乱した世界は、読み進むうちにその価値観の垣根を徐々に曖昧にさせ、やがて読者である私たち自身が外側にいる傍観者から彼らの側へと一気に引き寄せられる。

この小説は、「私(お前)小説」の形態を取りながら、最後まで私は出てこない。彼は第三者視点で自分自身が語り部となるための装置でもある。最後の最後まで真相を明かさないストーリー構成も見事だった。

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