男たちの哲学はその死の美しさを肯定しない

第一部完結に際してレビューを書かせていただきます。
日本人なら誰もが知るところの新撰組を題材に、架空の隊士を主役に据えながらも史実に沿って展開する歴史小説です。
作者様の語りが地の文で多く採用されているので、京都を舞台にしたエッセイのようでもあります。
まるで吟遊詩人か琵琶法師です。見てきたことを叙事詩にして語っているのような印象を受けます。
どんどん次のエピソードが気になってくる。教えて教えてとせがみたくなってきます。

主人公の久二郎は美濃と飛騨の境に生まれた田舎者の青年。真面目ないいやつで、擦れたところのない、妹や恋人に優しい男です。
相棒の彰介もいいやつ。久二郎の幼馴染みで、体格に恵まれているけどどうしても久二郎の一歩前に出られない。
そんな二人が京の都にやってきたところから物語は始まります。
奇しくも時は幕末。
激動の時代は二人に安穏な生活を許しません。
生まれ故郷の村で暮らすことができたら、二人は今も田舎の好青年として笑い合ってのんびり生きていたのでしょう。
話が進むにつれて久二郎の『誠』への思いは強くなります。どんどん重く、かたく、冷たくなっていきます。
いつしか彼の壮絶な決意が多くの人間を斬るようになっていきます。
読者は作者様の語りを聞きながら久二郎が大きな渦の中に飛び込み汚れていくことを感じさせられます。
久二郎はもう戻れない。
彼は鬼の組長になってしまった。

しかし、みんな、潔い。
けして悲しいわけではない。むしろその瞬間は快くすらある。
男の覚悟、己を貫いた瞬間に立ち会えるからかもしれません。
理屈ではなく、道徳でもなく、誰の最期でもすべて「そうだ、あんたはそれでいい」と頷きながらここまで読みました。

少しでも歴史に詳しい方なら想像がつくと思いますが、その作品もとにかく死にます。
多くの死を見送ってきました。
他の作品では、そんな新撰組を滅びの美学の目線で語るかもしれません。
ですがこの作品では死は肯定されません。
正確にいえば、死ぬことをよしとしながらも、死は美しいものではないといっています。
この作品においての死は、生臭いものです。
けして安楽ではない。美ではありません。己を貫くための一手段として選択されるだけのものです。
そう語られることに現代を生きる私は安心するのです。

新撰組の面々がとても生き生きしています。
実は私はどうしても新撰組関連の作品は人数の多さゆえに挫折しがちだったのですが、こちらの作品はみんな個性がはっきりしていて誰が誰でどんな奴か区別がつく。
これほどありがたいことはないです……とても読みやすかったです。
それでいて、誰も彼もかっこいい。みんな好きです。
強いて言えば彰介が好きです。不器用だった彼が自ら自分の身の振り方を選べるようになった過程、とても嬉しかったです。

この作品を読みながら京都の街を歩いてみたいです。

第二部の戊辰戦争編、楽しみにしています。

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