映画化希望! 切に希望!
- ★★★ Excellent!!!
カクヨムに登録して最初に見つけて読み始めた作品。このような珠玉の作品を無料で読めるとは! 驚愕、そして感謝!
文章力に並々ならぬものがあり、くだくだしい説明は一切ないのに、まるで映画を見ているかのようにありありと情景が目に浮かぶ。まさしく、16世紀のフィレンツェにタイムトリップしたかのような没入感。読者は本作を読むことにより、ジャンニ親方たちと共に、肩を並べて…時にはこれほどの臨場感を悔やむほどの現場に立ち入りながらも…事件を追うことができる。
ジャンニ親方の工房を描いた部分を引用してみよう。
<引用開始>
売り場には作業台が2個、奥にもっと大きいのがひとつあるが、どれも略奪の後のように散らかっている。床は描きかけの素描だらけ、机の上には紐でくくった手紙や帳簿の束、色褪せた猥褻本や性交体位素描集が鼻をかんだ布と一緒に積みあがり、頂上では陶製のすり鉢がゆらゆら揺れている。羽根ペン、チョーク、折れた工具、硬くなったチーズを突っ込んだ丸い鉢は手垢まみれ。窓際に並んだ葡萄酒の瓶にこびりついている黒っぽい染みはいつのものだろう。
<引用終了>
工房の様子が見てとれるだけでなく、ジャンニ親方の生活ぶりや性格の一端まで伝えてくるこの文章、もうこの辺りで、ギレルモ・デル・トロ監督かロン・ハワード監督、もしくはリドリー・スコット監督にメガホンを取っていただきたい気持ちが高まる。
人物の描写も秀逸である。
<引用開始>
ミケランジェロはアレッサンドラの顔から目が離せなかった。
目もとの小さなほくろが、ともすると冷ややかな感じを与える目に官能的な趣を与えている。
<引用終了>
短い文章のなかにも、どこか幸薄そうな、業の深そうな気配を匂わせてくるこの美人、往年のモニカ・ベルッチの印象で想起される。
極めつけは第4章「迷宮廻廊」のシーン。
<引用開始>
目のくらむ高さだった。幾何学模様で埋め尽くされた床にいる人間は、蚤のような大きさだ。真下に並んでいる茶色い粒は貴賓席だろう。あまりにも高い場所にいるせいで、遊技盤に描かれた升目を見おろしているような気がしてきた。膝ががくがくしはじめたので視線を水平に戻した。
<引用終了>
大聖堂の上から下を見下ろす構図である。アクション映画なら、ここから死体をクッションにしながら飛び降りて銃を乱射するところである。しかし、16世紀のフィレンツェであるから、そうはならない。もっと生々しい展開が待ち受けている。
推理小説としても非の打ち所のない構成で、畳み掛けるように謎解きが始まる終盤では、
「そういうことかー!」
とか、
「おまえかー!」
などといって膝を打ち、大興奮であった。
どうも私には記憶力もなければ観察力もないらしい。とことん推理小説に向いていない体質であることを諭してくれる作品でもあった。
全てがわかった後でも、何度でも読み返したい。そのような名作である。推理小説好きか、16世紀~19世紀の欧州が舞台となる小説がお好みの方は、ぜひとも読むべきである。あなたの脳の中で、想像力を司る細胞が活性化して働き始めること請け合いである。