8/1 第五夜「バトル・ロワイアル」(ネタバレあり)

 私は一つ小説を書く。世界の真理が記載された小説を。

 でもその前に一つどうしてもやらなければならないことがあった。


 8月1日。お兄ちゃんは私が目覚める前に、家を出ていた。今夜は大阪で一泊。夏のお昼前の凶悪な日光が、南側の窓から薄いカーテンを貫いて、ベッドに横たわる私の躰を温め始めても、しばらくじっと横たわってまどろんでいた。

『家事は明日、まとめてしよう』

 心の中で呟いて私はゆっくりとベッドから足を投げ出し、パジャマ姿のまま自室から出て、対面にあるお父さんの書斎に入った。


 八畳間。部屋の半分を占領している棚にぎっしり並んだ膨大な数の本と論文を閉じてあるルーズリーフ。物理学、熱力学、脳科学、脳医学、ロボット工学、遺伝子工学、生体工学、化学、AI、ナノマシン、シンギュラリティ……そびえたつ本棚を横目に私は奥のデスクに向かい、鎮座している据え置きのパソコンの前に座った。革張りのデスクチェアは適度にたわみ心地よい。

 パソコンの電源を入れる。ヴンと唸って電流が流れゆっくりと立ち上がるのを待って、デスクトップ画面に表示されたフォルダを確認した。自室から持ってきたUSBメモリにデスクトップの『奈々』とラベルされたフォルダを保存する。

 続いてインターネットに接続した。グーグルのホーム画面が表示される。検索バーに、”バトル・ロワイアル”と打ち込んでエンターキーを叩くと、トップにこの映画に関するウィキペディアがヒットした。

『ふむふむ』

 必要な情報を全て頭に入れてインターネットエクスプローラーを閉じ、パソコンの電源も落した。そしてそのまま一階に降りた。


 洗面所でやることやって、ダイニングでお兄ちゃんが作って置いてくれてた、とろけるチーズたっぷりのトマトベーコンサンドイッチをオーブントースターで焼いてゆっくり味わって食べ、牛乳を飲んで一息ついた後でリビングに行き、昨夜お兄ちゃんに借りた「バトル・ロワイアル」のDVDをレコーダーに入れた。自動で再生が始まり、私は画面に集中する。

『ぐふふ』

 私は期待に胸膨らませて46インチの液晶画面を見守っていた。



 ◇「バトル・ロワイアル」(二日目)◇



 岩城学園3年B組の集合写真をバックにモノローグが流れる。居た……主人公、藤原竜也演じる七原秋也の左前方に写っている……胸がきゅんとする。続いてバスケ大会の回想シーン。応援してる女の子たちの中にその人はいる。

 修学旅行のバスのシーンには少ししか映ってなかった。寝顔可愛……孤島の廃校舎の教室でクラスメイトたちが目覚める。キタノが兵士たちを従えてヘリでやってきて一気に物語が緊迫する。理不尽で恐ろしい状況の中、その人は立ち上がってキタノに「先生、トイレ行っていい? 」と平然と言い放つ。カッコいい。この場面だけで、この人がただものではない役柄であることが判る。

 クラスメイトが一人、キタノに殺され怯える姿……ぐふふ。


 一度映画を観ているので、この段階で生徒たちのキャラ付けが一貫していることが解る。当たり前のことかもしれないけど、よくできてる。繰り返しの鑑賞が楽しめるように作られてるのは監督が意識してのことだろうか。

 殺し合いが始まった。主人公を演じる藤原竜也は凄くかっこいい。ヒロインと程なく合流して彼女を終始守るのだ。ヒロインを演じるのは前田亜季。人好きのする可愛い女の子だ。

 もう一人気になってた女の子の最初の見せ場が始まった。柴咲コウ演じる相馬光子。女子生徒の中で一番凶悪なキャラだ。先ほど確認したウィキペディアの情報によると、最初はこの光子を私の本命の人がやる予定だったそうだ。現場で深作監督が急遽役柄を入れ替えた。スタッフは反対だったけど出来上がった作品を見てみんな納得したらしい。出演時間は減っちゃったけれど、私も監督の判断は正しかったと思う。

 相馬光子、ほんとに凶悪だな……転校生の一人が最悪なんだけど、その人に次いでイっちゃってる。最後のほうで明かされるんだけど、その人格形成には裏付けがあって、幼い頃の短いエピソードで完全にそれを説明してる。


 あの人の見せ場がついにやってきた。この状況で陸上の練習をしてるただならさ……想いを寄せる男子生徒のことを考えている。爆弾が仕込まれた首輪、死のチョーカーを嵌められた彼女はひたすら美しい。

 彼女に想いを寄せるヘタレの男子生徒がやってきて迫ってくる。この見せ場はこの映画の中で最も性的なメタファーに満ちているエピソードだ。そして思春期の少女による男性性欲の否定。それはヘタレとのやり取りに如実に表れている。

「触んないで!気持ち悪いなぁ」

「かっちーん。神様今なんて言ったのこのバカ」

「あのねぇ、そのろくでもないチンコより、自分の命心配したほうがいいと思うんですけど」

「あたしを行かせて頂戴、でないと私はあんたが殺したがってると見なして、全力で戦う。ピー……これは警告です」

「ヤってみろよ!!」

「そうやって言い訳臭いところが、全身全霊大っ嫌いなんだよ!!」

 抜き差しならない状況になり、彼女はバッグからナイフを取り出す。そのときバッグに入った彼女の下着がちらりと映っているのを、私は見逃さなかった。

「相手になったげる。あたしの全存在をかけて、あんたを否定してあげる!!」

 そう叫ぶと彼女はヘタレに襲い掛かる。その殺戮シーンはこの映画内でも屈指の壮絶さだ。背中を切りつけ追いかける。背中に覆いかぶさって引きずり倒し、股間に何度もナイフを突き立てる。何度も何度もナイフを突き立て、男子生徒を殺した瞬間、相馬光子と目が合う。

 あの相馬光子だ……

 彼女は光子に殺されるのだけれど、最後は想いを寄せる男子生徒の腕の中で息を引き取る。


 彼女の名は千草貴子。演じるのは、『栗山千明』。


 はあぁぁぁん……


 これを確認したかったのだ。今日の私は……栗山千明ちゃん……私の運命の人。女優。ああああ愛してる愛してしまった。また手の届かぬ人に。

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