8/2 第六夜「キル・ビル」(vol.1 vol.2)

 8月2日。結局昨夜は、遅くまで「バトル・ロワイアル」を繰り返し観ていた。もちろんお目当ては栗山千明ちゃんだけど、映画自体気に入ったので取り憑かれたように通しで熱心に観た。殺し殺されるシーンは生理的に快感だし、女の子たちは可愛いし、千明ちゃんは……ふああぁぁん。たまらん。尊い。

 お昼過ぎにお兄ちゃんが家に帰って来た時も、私は居間で「バトル・ロワイアル」を観ていた。

「ただいまぁ」

「おかえりぃ」


 そういや後回しにしてた家事が溜まってるわ……お兄ちゃんの顔を見て思い出す。映画を流しっぱなしにしたまま洗面所に行き、まず洗濯機を動かした。

「この映画気に入ったのか? 」

 居間に戻るとお兄ちゃんがテレビ画面を見ていた。

「バトル・ロワイアル良いね」

「僕が一番好きな映画だよ」

「知ってる」

 お兄ちゃんはソファに鞄を投げ出し、自らもソファに腰掛けて、TV画面を見つめた。ヒロインを殺そうとしてる相馬光子の不敵な笑み。

「ねぇお兄ちゃん、栗山千明ちゃんの出てる他の映画のDVD、持ってる? 」

 居間と繋がってるキッチンで、食器を洗いながらお兄ちゃんに尋ねる。ここからもTV画面が見える。お兄ちゃんは振り返って私を見る。

「栗山千明? これ以外だと『キル・ビル』だけしかないかな」

「そうなの……」

 少し残念。お兄ちゃんは私が落胆してるのに気づいたようだ。

「でも、『キル・ビル』の栗山千明は物凄いよ」

 すかさずフォローする。

「へぇ……凄く観たい」

「じゃあ、今夜は『キル・ビル』観ような」

「嬉しいな」

 お皿を全部洗い終えた私はお兄ちゃんの隣に腰掛け、肩に身体をもたせ掛けた。

 お兄ちゃんは少し緊張して居心地悪そうにしばらくじっとTV画面を見ていた。


 その夜。



 ◇『キル・ビル』(vol.1)( vol.2)◇



「アメリカ映画。vol.1が2003年公開111分、vol.2は2004年公開136分。続き物でこの2作で一旦完結。監督は超オタク気質のクエンティン・タランティーノ。お兄ちゃんはこの監督の作品、結構沢山観てるぞ。タランティーノにとっての永遠ミューズ、ユマ・サーマンが主人公だ。他の出演者はデビッド・キャラダイン、ダリル・ハンナ、ルーシー・リュー、ヴィヴィカ・A・フォックス、マイケル・マドセン、ジュリー・ドレフュス、ゴードン・ラウ。vol.1は日本が舞台のパートがあって、日本人俳優も沢山出てる。現在の有名どころでは、千葉真一、國村隼、田中要次、高橋一生、北村一輝、そして栗山千明あたりだな」

「栗山千明ちゃん……」

「アニメパートの製作を日本のProduction I.Gが担当している」

「アニメパートがあるの? 」

「うん、この映画はタランティーノ監督がかなり好き放題している。彼の好きなものをしこたま詰め込んだんで、かなり特殊で自由な作品に仕上がってる。残酷描写もあるから心構えをしとくように」

 残酷描写という言葉に心が踊った。

 映画が始まる。


            ◇


 仰向けに倒れて傷つき苦しんでいる、ウエディングドレス姿のヒロインのバストアップ画面から始まる。男が声をかけている。彼女は自らがビルと呼ぶその男に拳銃で頭を撃ち抜かれる。どうやら彼女はその男の子供を宿しているようだ。

 ヒロインは足を洗った殺し屋組織の元構成員で、一般男性との結婚式のリハーサル中に襲撃、皆殺しにされ、彼女自身も組織のメンバー4人からリンチを受け、ボスのビルに頭を拳銃で撃ち抜かれる。物語はその後一命をとりとめたヒロインの復讐の旅を描く。


 vol.1は時系列を解体した構成になっている。目も覚めるようなアクション、女殺し屋同士の死闘から始まり、襲撃事件から4年間昏睡状態にあったヒロインの復活劇、復讐ターゲットのうちの一人の生い立ちをアニメによって描いたものへと続き、舞台が沖縄→東京へ。

 沖縄の寿司屋を訪れるヒロイン。あっこの音楽、リリィ・シュシュだ……思わず隣に目をやるとお兄ちゃんはうんと頷いた。

 東京のパートは物凄かった。青葉屋という料亭が舞台の大半なのだけど、まず舞台美術が凄い、音楽が凄い、そしてそこで繰り広げられる凄惨な怒涛のアクション。いったい何人殺したの……。そして私のお目当ての栗山千明ちゃん。いいいいいいいいぃぃぃ!これは凄い、完全に人殺しの目やん♡ふあぁぁぁん……思わずため息が漏れる。


 vol.2に入ると雰囲気が変わって派手さが影を潜め、少し抒情的な趣が全編を通している。舞台は回想の中国を挟んでテキサス→メキシコへ。ヒロインは絶体絶命の危機に陥る。


 なんなのこれ完全に詰んでるじゃん、この状態からどうやって復活するの? 

 エル・ドライバー凶悪……

 バド結構いいやつじゃん……カワイイ。


 愛憎入り乱れる登場人物たちのやり取りを、ハラハラしたり笑ったり、しんみりしたりしながら観てた。

 そして遂にかつての恋人で殺し屋組織のボス、ビルの元へ……


            ◇


「うぇーん、面白かったぁ」

 ほぼ4時間の視聴があっという間だった。

「面白いよな。こんなもの凄くて独特な映画、タランティーノ以外に撮れないよ。唯一無二の監督が作り上げた唯一無二の作品だな」

「vol.1は日本パート凄いね。血沸き肉躍る、みたいな。文字通り血と肉片飛び散りまくりだけど。あと突然のナレーションとか、日本の演歌が挿入歌やエンディングに使用されてたりとか面白い」

「その辺は千葉真一のドラマ『柳生一族の陰謀』とか梶芽衣子の『修羅雪姫』『女囚さそり』からの引用だよ。この映画にはタランティーノ監督が愛する、沢山の作品からの引用やオマージュがこれでもかと詰め込まれてる。A級B級問わずだ。タランティーノの好きな映画、ドラマ、アニメ、音楽、文学作品の数々が直接または間接的に使用されてて、選定のセンスが独特でしかも洗練されてる。俺の好きなものってこういうものなんだよって、タランティーノに話しかけられてるような気がしてくる」

「vol.2の中国での修行シーンだけど、監督はカンフー映画も好きみたいね」

「大好物だよ。vol.1で栗山千明が使ってる武器は『GOGOボール』っていうんだけど、これは『片腕カンフー対空とぶギロチン』へのオマージュだね」

「栗山千明ちゃん凄かった……」

「ユマ・サーマンと栗山千明の対決は『The MTV Movie Awards 2004』で『Best Fight賞』を受賞してるんだよ。青葉屋の死闘の中でも屈指の名シーンだ」

 お兄ちゃんはちょっと一息ついたと思ったらまた熱心に話し始めた。

「さっきも言ったけど、タランティーノのセンス、審美眼と言ってもいいけれど、この映画の魅力は其処に尽きるね。『ザ・ブライド』、『プッシー・ワゴン』『毒ヘビ暗殺団』、『カリフォルニア・マウンテン・スネーク』、『東京ヤクザの女ボス、オーレン・イシイ』『クレイジー88』、『服部半蔵の日本刀』、『女子高生の殺し屋GOGO夕張』、『フェラーリなんてイタリアのゴミ』、『中国拳法の師範パイ・メイ』、『五点掌爆心拳』。映画のキーワードをちょっと羅列してみただけでもワクワクする。それにあのビジュアル、音楽、演出だ。また、特に日本人としては、親日的なタランティーノの姿勢は嬉しい。オーレン・イシイが部下を引き連れて歩く青葉屋の廊下のシーン、『BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY』があのシーンで流れるセンスは白眉だ」

「あの曲は私も聞いたことある」

「あの曲は『キル・ビル』で使用されることによって、世界規模で再評価された。埋もれていた宝物を、タランティーノが掘り起こしたんだ」

「アメリカ映画の影響力は凄いね」

「元々凄い曲なんだよ。でも日本人が気づかなかった価値を、タランティーノが認めて最高の形で光を当てた」

「審美眼……」

「うんそうだね。あと気付いたかもしれないけど日本公開版には冒頭に『偉大なる監督、深作欣二に捧ぐ』というテロップが流れる。丁度深作監督が亡くなって間もなくだったんだ。タランティーノは深作監督のファンで、栗山千明の起用も『バトル・ロワイアル』を観たのがきっかけだ」

「栗山千明ちゃん……」


 ここでお兄ちゃんはやっと気付いた。


「小百合、綺麗な女の人が好きだよな。男にはあまり興味がないのか? 」

 私は少し慌てたけど、お兄ちゃんには本当のことを言うか沈黙しかなかったし、隠す必要もあまり感じなかった。


「わたし、レズビアンだよ」


 自然に言葉が出た。

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