7/31 第四夜「バトル・ロワイアル」
世界に突き抜けること、それは真理に触れることだと私は直感していた。そしてそれが、つまり真理を求める行為が、私の目指す小説家という職業に、最も必要な経験であることを知っていた。小説という形で世界を、真理を奏でる。そうすることで私自身と社会との関係も円満な形に収まる。それはお母さんに教えてもらったことでもある。私の、一番目の、お母さん。
未だ具体的では無いけれど、自分が、もう後戻りできないことは判ってた。この衝動に身を任せるしかない!世界の真理を奏でる、芸術家になるんだ!
私は真理を見つけなければいけない。それは夏期講習に行けば見つかるだろうか。見つかるかもしれない。でも効率的じゃない。公教育は無駄が多い。
日本の公教育は、人間性の画一化とか、社会に都合のよい人間の大量生産工場とか言われて久しい。それはおそらく正しいだろうけど、私にとっての公教育の弊害は、それが私にとって非効率すぎるということ。将来のビジョンがある程度描けている子供にとって、公教育は無駄が多すぎる。それは若いうちから才能を発揮し第一線で活躍するスポーツ選手や芸術家を見れば判る。彼らは融通の利く学校に通って、最低限の公教育の他は自分のやりたいことを、一生懸命やっているのだ。
夏期講習には行きたくない。画一化され体制に取り込まれたくない。非効率なことをして自分の足取りを遅らせたくない。せめて夏休みの間くらいは、公教育に縛られたくない。夏期講習と、あと宿題!私はそれらを無視しよう。
私は百合先輩にフラれて現実逃避してたかもしれない。逃避もいいさ。そして逆に突き抜けてやる。そう考えた途端、百合先輩のことはどうでも良くなった。失意の期間は二週間弱……私は失恋を克服した。
気分が高まったまま私は、何となく、私に振り当てられた家事をこなした。これまでのこと、家族のことをぼんやりと考えながら、過ごした。何かが形になりそうで、ふわふわした雲のような想いを掴もうとした。なにも掴めないまま、一日が過ぎていった。でも、心地よかった。
お兄ちゃんが帰って来た時も私の心は此処にあらずだった。
「明日、お兄ちゃん、帰ってこれなくなった」
「えっ? 」
「急な出張で一晩だけ大阪に泊まることになった。ごめん」
お兄ちゃんは申し訳なさそうに手を合わす。
「うん、別にいいよ」
私は頷いた。
「今日はカレーの材料、しこたま買ってきたから、明日の晩までもつぞ」
「うん、じゃあ明日もカレー食べるね」
ふと、お兄ちゃんは心配そうな顔になる。
「今日も夏期講習行かなかったのか? 」
「うん」
私は目を伏せる。そうだ、お兄ちゃんをどう納得させようか……
「一日中家にいたのか? 」
「……うん……」
しばらく二人とも沈黙……
「……その、なんだ、今度の日曜日、お兄ちゃんと映画でも観に行かないか? ずっと家の中だと息詰まるだろ……」
「……うん、考えとく」
本当は気が向かなかったけれどそう答えた。お兄ちゃんの顔は晴れない。
「私、やりたいことが出来たから、たぶん大丈夫だと思う」
お兄ちゃんを安心させたかった。そしてこの言葉は嘘じゃない。
「そうか……それは良かった」
何をやりたいのか、それをお兄ちゃんは聞いてこなかった。そんな優しくて気遣い深いお兄ちゃんだからこそ、大事にしたいと思う。血が繋がってなくても。家族になって日が浅くても……
「お兄ちゃんはな、小百合が間違った方向に進んでるんじゃないかって……」
言いかけて止めた。それがお兄ちゃんの精一杯。私はそんなお兄ちゃんが愛おしかった。
「今日はお兄ちゃんが一番大切にしてる映画を観せて? お兄ちゃんのこともっと知りたい」
「む……R15だから、小百合は観れないぞ……」
その言葉に私の心は踊った。多分目を輝かせてたから、お兄ちゃんも断り切れなかったんだと思う。
「R15!なおさら観たい! 」
「む……まあ、良いかな」
お兄ちゃんが持ってきたDVDのタイトルは、「バトル・ロワイアル」
◇『バトル・ロワイアル』◇
「2000年公開の日本映画。122分。監督は深作欣二。主演は藤原竜也。ヒロインに前田亜季。ビートたけしが先生役で出てる。他のキャストは、柴咲コウ、山本太郎、栗山千明、安藤政信、宮村優子などだ。あまりに過激な内容だったことから、国会で映画に対する政府の見解を求める質疑が行われる事態になり、それが逆に注目を集める結果になった」
「なんだか凄そうだね」
「映画の登場人物は中学生なのに、中学生が観れないという状況が生まれたんだ。国会の質疑では、中学生にこそこの映画は見せるべきだという意見も出たな。なんだかんだあったが、第24回日本アカデミー賞の、優秀作品賞を含む9部門を受賞してる。第43回ブルーリボン賞も受賞。あと、このDVDは公開作品にシーンが追加された特別篇だ」
映画が始まる。
◇
新世紀の初め、ひとつの国が壊れた。経済的危機による失業率の圧倒的増加。大人に失望した子供たちによる、学級崩壊や家庭崩壊。少年犯罪は増加の一途をたどり、不登校児童80万人、校内暴力による教師の殉職者1200人を突破する。子供たちに恐れをなした大人たちは、新世紀教育改革法、通称「BR法」を可決。それは年に一度全国の中学3年生の中から選ばれた1クラスに、コンピュータ管理された脱出不可能な無人島で、制限時間3日の間に最後の一人になるまで殺し合いを強いるという法律だった。
主人公、七原秋也の在籍する岩城学園にBR法が適用され、運営に逆らうものを爆発で排除する首輪を嵌められた3年B組クラスメイト同士で殺し合いが始まる。殺し合いゲームを管理するのは元担任キタノ。
愛する人と心中する生徒。状況を打開しようと試みる生徒。その他は基本的には殺し合いだ。本当に過激で残虐な描写が続く。特に転校生としてやって来た桐山和雄と、好戦的な相馬光子がヤバい。もう一人の転校生……この人どこかで見た顔だと思ったら、国会議員になってる人だわ……この人がキーマンになって、七原秋也と彼が守ろうとするヒロインの中川典子の運命が変わっていく。絶望的な極限の状況は続き、最後に生き残ったのは……
◇
圧倒されて言葉を失っていた。激しい、ひたすら残虐な映画なのに、心を打たれていた。美しささえ感じた。
「冒頭で秋也の父親が死ぬシーンがあるだろ」
ハッとした。秋也の父親の死は、お兄ちゃんの一人目のお父さんの死と酷似している。詳しくは知らない。でもお兄ちゃんのお父さんは、お兄ちゃん宛にただ一言、『頑張れ』と遺書を残して死んだということは知っていた。
「あれ、人ごとに思えないんだよね」
お兄ちゃんは微笑んでいる。
「うん……」
私はお兄ちゃんの目を真正面から見た。
「この映画に言えることは数少ないよ。」
「うん……」
私にも解っていた。これは深作欣二監督の、若者に対する憧憬と、メッセージだ。そしてこの映画は……
「これはカリカチュア、風刺なんだ。作中の担任キタノの言葉、『人生はゲームです。みんなが必死になって戦って、生き残る。価値のある大人になりましょう』この言葉でこの殺戮ゲームが、子供を取り巻く社会の風刺であることが判る。そして作中には、戦うことを運命づけられた子供の、あらゆる感情が詰め込まれてる。激しく、極端な、寓話としての青春映画なんだ。これは青春映画なんだよ」
「うん……」
「この映画を初めて観たとき、僕は泣いたよ。そして目覚めたんだ。戦っていく意志が生まれた。今、お兄ちゃんが頑張れるのはこの映画のおかげだって言っても過言ではない」
「そう……」
だからお兄ちゃんの一番大切な映画なんだ。
私は私なりにこの映画を、監督の意思を受け取っていた。これには単なる社会風刺にとどまらず、”世界は確かにそうなっている”と思わせるものがある。真理があるのだ。
私にも出来ないだろうか。世界の真理を追究して、表現することが……
もう私には判っていた。
私は、小説をまず一つ、書こう。
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