一行読むごとに引き込まれるとは、まさにこのこと。

全体的に、すんなりと頭に入ってくる文章です。
とても読みやすく、それでいて想像力を掻き立てられる多くの表現力は、一ページ目でやんわりと、しかし確実にこちらへ衝撃を与えてくる事間違いなし。
ヨム専門の方はもちろん、カク方もとても刺激になります。

同じ「色」についても、綺麗に「薄桃色」と書かれたり、「魚肉ソーセージ色」と称されたりと、読者の印象を巧みに操る、さながら言葉の魔術師。
要所と言わず、全文にそれが散りばめられている様は、是非とも真っ新な気持ちで皆様にも読んで頂きたい。

主人公、小春の視点で物語は進みますが、その中でも登場人物たち全てが魅力的に描かれており、本人たちはコンプレックスを感じているかもしれない部分も、とても愛おしく感じられます。
全ては、小春ちゃんの素直な優しさと、愛の深さゆえの温かな心が、そのまま読者の目線に馴染むからでしょう。

テーマは、キャッチフレーズやあらすじの通り、「おぼろくん」のジェンダーを取り巻くとても繊細なもの。
そんなおぼろくんに恋をした小春ちゃんの、コミカルに進む展開に心温まりながらも、時として深く、底知れない闇を覗き込むかのような場面は、もちろん恋心のフィルターだけでは見られない。
陽だまりが一時の夢に思えるほど、ひやりとした影に追い込まれ、とても緊張します。

全てがミルフィーユ生地のように薄く重なり、甘く味わえる物語。
完食した後の感動と、もっと味わっていたいというもの寂しさは、読者それぞれに深い愛を与え、情愛の美しさを感じさせるのではないでしょうか。


そして、こちらの作品は書籍化もされております。その事実を判断材料にして良いと自信を持って言えるほど、素晴らしい作品です。
そちらでは表現に細かな変化が見られ、なんとエピローグまで追加されている、おぼろくんファンとなった読者にはホールケーキのおかわりを頂いてしまったかのような贅沢ぶり。
カクヨムサイトで最後まで読んだ方にも……いえ、読んだ方に“こそ”是非とも読んで欲しい、とても心温まるエピソードが追加されております。

物寂しさなんてすっとぶくらいの幸福感が味わえる書籍版の「おぼろくん」、何度でも読み返して欲しいくらい、強くオススメしたい一冊です!

その他のおすすめレビュー

薄荷羽亭さんの他のおすすめレビュー23