真っすぐということの愛しさと難しさ

性は個性に優先するものではない。そんな結論に達する前の段階を、手探りで歩いている二人の高校生と友人たちの物語。
私事になって恐縮だが、今思い出すと母校の文学部は不思議な空間で、性自認が世間一般とやらとずれていた学生や教員が、普通に過ごしていた。
日文専攻クラスで一番おしとやかでなよやかなのは、小柄でポニーテールにワンピースの似合う「○○君」と呼ばれる戸籍の性別男子。だが男子にも女子にも受け入れられ、あるがままに過ごしていた。だから性別というのは自認によるものが一番強く、戸籍は便宜上、と、ずっと思ってきた。

世間ではどうやら違うらしい、と思い知ったのは就職してからだ。

いくつものお面をかぶり分け、危ういところで高校生活を送っている朧君と、朧君を好きになったことで自分を必死に見つめることにもなる小春ちゃん。
小春ちゃんの動きを心の的確に表すユーモラスな言葉遣いは、単なる「アイドル(偶像)に過ぎなかった朧君の様々な面をとらえていく。
年上のお兄ちゃんと親友の恋、自分の中の潔癖さと、朧君の現実への理解不足。そしてなにより「自分の考えを伝えること、受け取ることの難しさ」が過不足なく描写されている。
特筆すべきは空の描写。朧君と小春ちゃんの変わりゆく心持を実にさわやかに映していく。作者の筆力の確かさである。

中でも感動的なのはメイクボックスを手にした朧君がメイクをするのが、自分ではなく小春ちゃんなことだ。その筆致。二人の間の息遣いと脆い緊張感は実にエロティックで、愛しい。
ここがあるからこそ、セーラー服を着たいと願う朧君の強さが際立つ。

インターネットの掲示板で「女装したい男子のための着付けとメイク募集」という書き込みを見て、旦那と一緒に出掛けたことを思い出した。そのとき嬉々としてブロウをされ、頬や爪、唇を彩られていた大勢の少年たちは、今どうしているだろうか。

男も女も、若い人も年齢と人生経験を経た人も、みんなに広く読んでほしい作品。
カクヨムという場が生んだ鮮やかな傑作です。

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