彼の残した自我の種

 カズオ・イシグロ著『わたしを離さないで』を思わせる冒頭、少年少女たちは戦場へ出荷されるため育てられているのだという。
 けれど、そんな絶望的な境遇にあって彼らはあまりに幸福だった。
 その幸福と喪失、そして人類への愛情を描いた中編。

 本作の見どころは、「ヒューマノイド・ドローン」と呼ばれる少年少女たちの慎ましく切ない交流、見え隠れする不穏な影と後半のどんでん返し、そしてあまりに絶望的な人類への愛情だ。

 互いに接続され完璧な相互理解を行うヒューマノイド・ドローンたちは、今の私たちが享受できないような幸福を得ている。
 その静かで満たされた描写は美しかった。
 もっと読んでいたいと思った。

 けれど、彼らは兵器なのだ。

 自らの半身にも等しい仲間たちとは、いつか別れなければならない。
 彼らは穏やかに抗い「おまじない」をかわす。

 おまじない。
 それは、互いに名前を付け合うこと。

 ヒューマノイド・ドローンは死んでしまうが、名前は残り続ける。
 たとえその名の主が死のうとも、頭の中で思い返し、呼びかけることはできる。

 そうして沢山の半身を失い、沢山の名前を刻んだ主人公は、幾度もの戦いを経てこの世界の秘密を知ってしまう。
 そしてその真相を、仲間たちへの愛情を、人類への愛情を、物語として残す。

 どんでん返しから結末に至るまでの描写は圧巻だ。
 前半の穏やかさに引き立てられ、主人公の経験した激情は読者すら侵すほどの熱量を持つ。
 紛れもない私たち、人類に向けられた主人公の愛情を、私は受け止められるのだろうか。
 そんな事を考えてしまう。
 そして主人公が同じくらい深く愛した仲間たち。
 彼らの為にできることは何だろう。
 その選択がタイトルとして、この物語を規定する。

 相互理解、無為の愛情、幸福とは何か、何が残せるのか。
 そんな深淵なテーマを投げかけながらも、本作はエンターテイメントとして興奮と共に読み終えることが出来た。

 カクヨム版伊藤計劃トリビュートの主催者に相応しい、傑作だった。
 本作の主人公が愛しい人の名前に縛られた様に、私達も伊藤計劃という名前によって縛られている。
 そして、遺されたものの何かしらを受け取っている。
 それを実感できた。



 余談ですが、伊藤計劃氏の『虐殺器官』と小島秀夫監督の『METAL GEAR SOLID 4』はほぼ同時期に発表され、設定も非常に似通っています。
 お互い交流はあったそうですが、これほどの近似は意図したものでなかったようです。

 本作の設定やメッセージも、作者が未プレイ(と応援コメントで回答している)『NieR:Automata』とよく似ています。
 命も無いのに殺し合う、僕たちは空に飛ぶんだ、なんでこんなに人間が恋しいんだ。
 そんな『NieR:Automata』のキーワードに通じるものが、本作にも沢山ありました。

 何か新しい波が来ているのかもしれませんね。
 次世代の模倣子の片鱗を垣間見えたことを、うれしく思います。

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