第10話 雪に散る華

 「猿めが・・・」


 鉢伏山はちぶせやまを眺める木ノ芽きのめ峠へと差し掛かったとき、勝家かついえは後ろを振り返ると、もう一度吐き捨てるように呟いた。

 折から降り続いた梅雨のせいであろうか、しいの葉に溜まった水滴が時よりひとつの塊となって音を成す。

 その都度、勝家を先頭とした長い隊列は足を止め、鬱蒼うっそうとした林の中にむせ返るような初夏の熱気に溜息をついた。


 もちろん勝家とは、織田家の筆頭家老ひっとうがろうでもある柴田修理亮しゅりしき勝家のことであり、清洲会議を終えたばかりのこの時、彼の脳裏には品のない顔で高笑いをする羽柴筑前守ちくぜんのかみ秀吉の姿が、雨上がりの雲間に重なるよう思い浮かんできたのである。


 「猿めが、わし虚仮こけにしおって・・・」

 手綱たづなを掴むその手が震える。

 「殿、此度こたびはいったん国元くにもとへと戻り、しかる後羽柴殿とは・・・」

 「分かっておるわ」

 毛受勝照めんじゅかつてるの言葉に、勝家は今一度吐き捨てるようにと答えた。

 

 清洲会議の経緯ついては誰もが周知の通り、織田信忠のぶただの忘れ形見でもある三法師さんぽうしを織田家の家督かとくとして内外に認めさせるための会議であり、事実もそうなろうとしていた。

 しかしそう決着するまでの過程が勝家の思惑しわくとは少し違っていた。つまりは、勝家は秀吉の口車にまんまと乗せられ、織田家の筆頭家老という地位を秀吉に取って代わられる羽目となった為である。

 その上、勝家は居並いならぶ織田家臣らの前で、秀吉から織田信長の妹でもある『いち』との婚礼の話を持ち掛けられたのであった。


 「権六ごんろく殿、いっそこの際お市殿と夫婦めおとになられては如何か?」

 秀吉は、わざと親しみを込めるようにと勝家をそう呼んだ。


 「な、何を馬鹿なことを・・・」

 取り敢えず相づちを打ってみたものの、勝家には返す言葉が頭に思い浮かばない。

 元来彼は、この様に自分の意思をあまり言葉に出すタイプではない。増してや、それが恋愛感情ともなれば尚更である。


 「権六殿は雪深い北陸ゆえ、人肌が恋しいであろう。織田家のことは三法師様を中心に、後見人こうけんにんでもある織田信雄のぶかつ殿と信孝のぶたか殿が治めていくことになるゆえ心配は御座らん。むろん畿内きないには丹羽長秀にわながひで殿と池田恒興いけだつねおき殿をはじめ、この儂も居る」

 ここまで言われて、勝家ははじめて秀吉の魂胆こんたんが見えてきた。

 つまりは、これからの織田家は自分達が中心となってやっていくので、遠隔地えんかくちにいるお前達は黙っていろという意味なのだと・・・


 すなわちそれは、今この会議には居合わせない滝川一益たきがわかずますにも当てはまる。

 勝家が遠く北陸の地で上杉家と対峙たいじしているのと同様、一益も関東において北条家と角を突き合わせているからである。

 しかし、それを露骨ろこつに言わないところに秀吉の本当の怖さがあるのだ。彼はその一方で、勝家には家臣一同がうらやむほどの褒美ほうびを与えることを忘れなかった。


 つまりはそれが、『市』ということである。


 しかし、勝家がそれに気付いたときには、すでに大勢たいせいは秀吉の手中しゅちゅうにあったと言っても過言かごんではない。

 勝家は力無く秀吉に頭を下げた。


 「その申し出、有り難く受け申す・・・」

 当然勝家にはお市との縁談を断る理由もなく、また一武将として織田家の姫君ひめぎみはずかしめる返答など許されるはずもなったからである。


 「だがしかし、畿内の・・・」

 「権六殿、すべてはこれでよろしいか?・・・」

 彼は織田家の行く末について言い返そうとしたが、それも今となっては後の祭りと言うことになるのであろう。


 今から思えば、恐らくはこれも秀吉が巡らせた計略のひとつに違いなかった。彼は織田家家臣の面前めんぜんで、勝家がお市との婚儀こんぎを不承知できぬことを知っていたからである。

 それというのも、勝家が元々浅井あざい家から戻って来たお市に好意を抱いていたという理由だけではなく、勝家の性格をも見極めたうえで、あえてお市を勝家にと嫁がせるという策を講じたのであろう。

 老獪ろうかいと言えばそれまでだが、秀吉はその日のために、常日頃から『市』のことを恋いがれていると誰はばかるることなく公言こうげんしていたのでもあった。


 その秀吉が一歩折れて、柴田勝家の為にお市を譲ろうというのである。誰の目にも、それは秀吉の度量どりょうの深さを示す以外の何物でもない。

 しかしこの、秀吉が市を慕っているという事とて本当のことかどうかは当然分ろうはずもない。


 何れにしても、秀吉主導のもと、織田家の跡目相続あとめそうぞくは三法師へと決まり、さらにもの申し立てたいと思っている勝家の口は、お市を嫁がせることで完全に塞がれてしまったことには代わりはなかった。

 まさに秀吉ならでは、十分に計略を練った上での電光石火でんこうせっか早業はやわざである。


 勝家が清洲城を出立する日、秀吉は物見櫓ものみやぐらの上から彼のことを見送った。秀吉はさげすむような冷たい目を勝家の背中に突き刺す。

 「殿・・・」

 家臣の浅見道西あさみどうせいが彼に声を掛ける。

 振り返りそれを見上げる勝家に、秀吉は品のない顔でニタリと笑って見せた。

 勝家は馬の脇腹をひとつ踵で蹴り上げると、黙って前を向いたまま、もう一度奥歯をきつく噛み締めた・・・

 


 「殿、北ノ庄きたのしょうまでは今しばらくで御座りますれば・・・」

 毛受勝照の言葉に、ひとつ大きく頷く。


 勝家は後方に向かって馬首うまくびを進めると、お市とその娘達の輿こしへと近づいて行く。生憎あいにくの天候ゆえ、ぬかるんだ道の泥を馬が幾つも跳ね上げる。

 それに気付いた輿も、道を少し外れた場所へと静かに降ろされた。

 下馬して足早に近づく勝家。


 「お市殿、間もなく北ノ庄で御座いまする」

 「辰乃たつの・・・」

 輿の中より微かな声が聞こえる。

 すると、輿そばにいた女が素早くそのすだれを巻くし上げた。中からはほのかなこうの匂いが辺りへと広がる。


 輿の中程には金の刺繍ししゅうをあしらった打ち掛け姿の市が、真っ直ぐに前を向いて座っている。


 「修理亮殿、既に私は貴方あなた様の妻なれば、『お市殿』とはおかしなもの。『市』と呼んで下され」

 言葉ではそう言いつつも、相変わらず彼女は前を向いたままである。

 何処までが市の本音であり、何処からが織田信長の妹としてのプライドがそうさせているるのかは、当然無骨ぶこつな勝家には分かろうはずもない。

 彼は片膝を着いたまま、市の横顔に頭を下げた。

 それを遮るようにと、再び輿そばの女が簾をカラリと下げようと手を伸ばす。


 「お女中じょちゅう・・・」

 勝家の言葉に、ゆっくりと振り向く女。その顔に別段驚きの表情はない。


 「そなた、いつから市殿に付いておられるのか?・・・」

 女は軽く首を傾げると、少しだけ目を細める。

 「清洲きよすからにてございまする」

 「清洲?・・・」

 「名は何と申すか?・・・」

 「辰乃と申しまする」

 女は深々と一礼をする。


 「では辰乃とやら、くれぐれも市殿の身の回りの世話、よろしく頼んだぞ」

 辰乃は答える代わりに、もう一度深く頭を垂れた。


 それから一行は、越前は柴田勝家が居城北ノ庄城へと入ったのである。



 市が勝家の元へと輿入こしいれをしてから間もなく、畿内からの知らせが届いた。

 「殿、書状には何と?・・・」

 最初に口を開いたのは、家老の山中長俊たまなかながとしである。


 勝家はその書状を静かにと彼に手渡す。

 元来粗暴そぼうなイメージのある勝家だが、常日頃は何事においても穏やかな所作しょさを欠かさないのだ。

 長俊はそれを広げるや、周りの者にも聞こえるよう声にする。

 「織田信孝殿が支配下に置かれている美濃みのより、稲葉一徹いなばいってつ殿が羽柴方へと懐柔かいじゅうされたよしに御座いまする」


 「何、稲葉殿が?・・・」

 すかさず毛受勝照が声を荒げる。

 「そればかりでは御座らん。秀吉めは我らと国を接しておる越後えちごの上杉景勝かげかつ殿にもよしみを通じる書状を送っておるということ・・・」

 「上杉といえば、織田とは敵同士かたきどうしの間柄では御座らぬか」

 浅見道西は手にした太刀の柄で、床をひとつ大きく突いた。

 

 「殿!・・・」

 家臣らの問いかけにも、勝家はまゆひとつ動かすことなくじっと目をつむっている。


 「殿、ここはひとつこちらからも・・・」

 道西が言い終わらぬうちに、勝家は静かに喋り始めた。

 「既にこちらも手は打っておる。間もなく四国は長宗我部元親ちょうそかべもとちか殿からも、その返事が参るであろう。さらに紀伊きい雑賀さいが衆からは出兵する準備が整ったとの連絡が届いておる」

 これには居並ぶ家臣一同も目を輝かせる。


 (しかしこちらの動き、秀吉も既に承知と言うことになるか・・・)

 勝家は喜ぶ家臣達とは裏腹うらはらに、ひとり暗い目でふすまの外を見つめた。



 それから更に半年が経ち、北陸にも最初の雪がちらつき始めて来た。


 この間、勝家は秀吉側の堀秀政ひろひでまさ宛に書状を送りつけ、清洲会議で交わした誓約せいやくを秀吉側が違反しているむね、及び不当な領地再分配を行ったことを非難した。


 また秋が押し迫った11月には、秀吉の元に彼の与力よりきでもある前田利家まえだとしいえ金森長近かなもりながちか不破勝光ふわかつみつの三人を勝家の使者としておもむかせ、羽柴側との和睦わぼく交渉を行わせたのである。

 しかし、これも勝家の所領が北陸にあり、これから続くであろう長い冬の間、彼の部隊が雪により畿内へと行くことができなくなることを見越した見せかけだけの交渉でもあった。


 そんな中、北ノ庄の城ではある騒ぎが起きていた。城内に忍びの者が入ったというのである。

 別に暗殺や火付けが行われたというわけではない。ただ、明らかにその痕跡こんせきが残されていた。


 「曲者くせものを女中部屋で見かけた者が居るということじゃが・・・」

 山中長俊が怪訝けげんな顔を向ける。

 「何故、女中部屋などに?・・・」

 城の見取り図を眺めながら、浅見道西が城中を家捜やさがしする手筈てはずを立てている。

 「やはり羽柴方の手の者か?・・・」

 言いながら、毛受勝照はその見取り図に三人一組とした兵の駒を並べていく。


 「殿、まずは何れより?・・・」

 勝照の問い掛けは、当然それはどこから家捜しをするのかと言うことを勝家に尋ねているのである。

 勝家はなおも静かに目を閉じると、一言だけ口にする。

 「捨てておけ」

 つまりは、放っておけと言うことである。


 これには長俊が黙ってはいなかった。

 「殿、何故に御座いまするか? おそらく間者は羽柴殿より使わされた忍びの者、ここで逃すわけには参りませぬ」

 勝家は蔀戸しとみど越しに、外に降る雪を眺める。

 「既にこの雪では、何処へ参るわけにもいくまい。それにこちらの内情は間者が伝えずとも秀吉は既に承知のこと」

 「しかし・・・」

 最後まで道西は異を唱えようとしたが、勝家は聞き入れなかった。


 「それよりも、市殿をはじめ女子おなごらの寝所しんじょを特に警戒するようにさせい。此度こたびの一件で、さぞや肝を冷やされているやもしれん」

 勝家は夫婦になって半年が過ぎた今でも、市のことを『市殿』と呼んでおり、ただの一度も名指ししたことはない。

 それが彼の優しさなのか、または市に対する畏敬いけいねんなのかは分からないが、何れにしても市に対する勝家の心配りは誰の目にも余りあるものに違いなかった。


 毛受勝照は勝家の命に与力の拝郷家嘉はいごういえよしらを配置につかせると、自らも奥の寝所へ続く廊下にどっかと腰をおろして、降りしきる真っ白な雪を睨み付けていた。


 しかし、家中の心配を裏切るかのように、この事件は意外にも早く解決する事となる。つまりは、その間者とおぼしき者が殺されていたのである。


 場所は奥座敷へと通じる裏庭の竹林ちくりんで、のどを太い針のようなものでひと突きにされていた。

 ただ不思議なことに、それを見つけた若侍の話では、雪の中にはその者の足跡しか残っていなかったというのだ。


 毛受勝照が首をひねる。

 「雪の中、とても逃げ切れぬと思ったのであろうか?・・・」

 「しかし、忍びの者が自ら命を絶つとは何ともせぬな」

 浅見道西もまた、首を傾げる。

 「もしや別の忍びが、未だ城中に居るということか?・・・」

 山中長俊が口に出すが、そのどれにも確固かっこたる証拠があるわけではない。はたして自分で咽を突いたのか、それとも誰かによってちゅうされたのかは別として、何れにしても北ノ庄の城は、また少しずつ穏やかな日々を取り戻そうとしていた・・・


 

 その夜、勝家はひとり部屋にもっては絵地図を眺めていた。地図には琵琶湖びわこの北岸から東岸、賤ヶ岳しずがたけ付近の山々と街道とが記されている。

 彼はそこの一点を食い入るようにと見つめる。


 「やはり、賤ヶ岳辺りか・・・」

 とその時、灯明皿とうみょうざらの灯りが微かに揺れた。いや正確に言うならば、勝家にはそう揺れたように感じられたのである。


 「誰か?・・・」

 襖の向こう側に向かって静かに言葉を掛ける。


 間もなく、襖が音もなく開けられた。

 そこには女中着姿の上に打ち掛けを羽織った女の姿がある。


 「そこで何をしておる?・・・」

 黙って平伏ひれふす女に、勝家は部屋の中へと入るよう促す。

 女は別にあらがうこともなく中へと歩を進めると、勝家とは絵地図を挟んだ反対側に両手を着いた。


 「そなたは、市殿の付け女中。確か名は?・・・」

 「辰乃でございまする」

 間髪かんぱつ入れずに女が答える。

 「そうであったな。して、ここには何用か?・・・」

 勝家は絵地図を横へと外しながらも、視線だけは彼女から片時も離そうとはしない。

 「実は、昨日より奥方様が内腑ないふわずらっておいでで・・・」

 「嘘を申すではない」

 なおも勝家の声は、灯明の火のごとく静かである。言葉のない沈黙が、かえって次の一言の意味を重くする。

 

 見つめ合う二人。はじめに勝家が口を開く。

 「秀吉の手の者か?・・・」

 「・・・・・」

 女の眉間みけんわずかに狭まる。


 「何故、儂がそう思ったのかという顔つきじゃな」

 「・・・・・」

 振り返り、女に対しておもむろに背中を見せる勝家。桐箱の中より小さな白い塊を取り出す。


 「おおっ、これよこれ」

 振り向く勝家に、女は少し身構える。

 「案ずるな、その気があるならばとっくに切り捨てておる。それより、これを・・・」

 勝家はてのひらに乗せた白い粒を、その太い指で摘むと口の中へと放り込んだ。同時にボリボリという音が部屋へと広がる。


 「金平糖こんぺいとうとか言うそうじゃ。本当は口の中にとどめて溶かすそうじゃが、儂にはとてもできんことじゃな。以前上様より頂戴したものでのう・・・」

 そう言う勝家の目には、自然と暖かな液体が込み上げてくる。つまり勝家とは、紛れもなくそう言う男なのである。


 「申し訳ございませぬ・・・」

 急に女が頭を畳に擦り付ける。

 「・・・・・」

 今度は勝家が黙る番となる。


 「私に名などはございませぬ。ここへは柴田様の動向を探りに来たくさでございます」

 『草』とはつまり、忍びの術を使う敵方のスパイのような者である。

 勝家は手にした金平糖を茶請けの小さな皿へと器用に移すと、それを女の前へと進める。


 「先日のそれは、そなたの仕業しわざか?・・・」

 当然先日のそれとは、城中に忍んだ間者が竹藪で殺されていたことを意味している。女は答える代わりに、静かに頭を上げた。


 再び沈黙の中、互いが互いの心の底を推し量ろうと見つめ合う。

 またしても、勝家が先に口火を切る。


 「何故、儂を殺しには来なんだ?・・・ そなたほどの腕ならば、幾らでもその機会はあったはずじゃが・・・」

 先程も勝家は、その女に背中を見せたことを併せて問うている。しかし、彼が言い終わらぬうち、女は少しだけ膝を近づけた。


 「柴田様、お教え下され。なにゆえ私が羽柴殿の間者であると?・・・」


 勝家は幾分目を細めながら、懐かしそうにと思い出す。

 「市殿がこの越前へと入り、あの木ノ芽峠へと差し掛かったときのことじゃ。その何とも美しい姿に目がくらんだほどじゃった」


 それは勝家と初めて言葉を交わした時のことであり、女の記憶にも鮮明に残っている。

 勝家は少しだけ首をかしげると、その女の足元をのぞき込む真似をする。それにつられるように、女も自分の足首に目を落とす。


 「汚れていなかったのじゃよ、そなたの足だけがな」

 「汚れていない?・・・」

 「左様さよう、あの時木ノ芽峠の手前までは前日の雨でかなりぬかるんでおった。儂の徒兵かちどもでさえ膝下まで泥っぱねを付けていたほどじゃからのう」


 そう言うと、勝家はもう一度女のそれに目を向けた。

 「しかし、そなただけは一人違っておった。そうそう女子おなごの成せる技ではない。その時にもしやとな・・・」


 この時、女は確かにくすりと笑った。

 「では何故、今まで私を生かしておかれたのでございまするか?・・・」

 「殺す理由が無かろう。それに・・・」

 「それに?・・・」

 再び女は暗い顔をする。

 「それに、そなたは市殿の付け女中ゆえ、もうこれ以上市殿の悲しい顔は見とうはないからのう」


 (やはり、このお方は優しすぎる・・・)

 その言葉に女は大きく目を見開くと、心の中の想いに唇を動かす。

 「柴田様、何とぞ羽柴殿と和睦の道を・・・」

 今度は勝家が寂しそうにと微笑んだ。


 「やはり儂では秀吉には勝てぬか?・・・」

 「・・・・・」

 返事をするまでもなく、見つめる女の瞳がその答えを伝えている。


 「何故、そう思うのかを申してみよ・・・」

 相変わらず、勝家は優しい目で女を見つめる。

 と、その時。不意に女はおびの中にと忍ばせた短刀を抜き去り、勝家の喉元のどもとめがけて襲いかかった。

 しかし、少しも慌てることはなかった。勝家は座ったままその白い腕を掴むと、女の身体を反転させそのまま自分の胸の中へと抱き寄せる。

 抱え込まれた女はもう抵抗することはなかった。ただ、女は刀の刃先を握ると、素早くそのつかを滑らせた。


 「なっ!・・・」

 勝家は再び女の身体を抱き寄せる。


 「はじめから、死ぬ気であったか!」

 既に女の掌からは赤い血がその白い腕へと伝わって流れている。

 彼は自分でそでを食いちぎるや、その布で女の二の腕を縛り上げようとする。なぜなら、女の刀には毒が塗ってあることを承知していたからである。


 「何故死なねばならん?・・・」

 「・・・ませぬ・・・」

 勝家の問いかけに、女は彼の襟元えりもとに手を伸ばす。その手をしっかりと握る勝家。


 「何じゃ?・・・」

 女は最後の力を振り絞って必死にささやく。

 「柴田様は羽柴殿には勝てませぬ」

 「何故じゃ?・・・」

 女の口から、生暖かい鮮血が込み上げる。毒が全身にと回ったのであろう。


 「しっかりせい! 何故、儂は秀吉に勝てぬのか?・・・」


 「や、優しすぎるからでございます・・・」

 「優しすぎる?・・・」


 「し、柴田様は戦人いくさびとにしてはお優しすぎ・・・」

 そう言い残すと、女は勝家の胸の中でしおれるようにと息を引き取った。



 冬の越前にと降る雪は、とても冷たくそしてはかない。

 勝家が見上げる蔀戸しとみど越しに、幾つかの雪がチラチラと舞い降りてきた・・・

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