第11話 仕官
「大殿、
「うむ」
ここは
大殿と呼ばれしこの男は、もちろん黒田
「その
如水はしがらびた声で尋ねた。
決して大柄な男ではないが、その顔の光沢や
最初に答えたのは、
「
「何、あの早見殿のご子息か? いや、立派になられた」
家臣は口々にささやく。
勘定奉行の早見蔵人といえば、城内でもいちにのきれ者として通っているからだ。
そう見れば、この若者も目鼻から
如水は大きくひとつうなずくと、次の者に目を落とす。
「その方、名は何と申す?」
「
この男、大柄な割に、気の弱そうなところが表情にも出ている。お世辞にも、武士として出世しそうな感じなど
如水は二人の者にこう告げた。
「仕官させるは一人。これからいくつかの試験をいたし、その後
「大殿、何も試験をなさることなどないのでは御座りませぬか?」
如水付きの家臣の一人、
「して、そちならば早見と安岡のどちらを採ると申す」
「当然、早見幸之介に御座いまする」
如水はこれには答えず、木刀を取ると、自分自らこの二人にそれを手渡した。決して
如水とは元来そういう男であった。
一の試験は剣術。といっても、ようは、二人が木刀で
「はじめ!」
結果は火を見るよりも明らかであった。
安岡の腕や顔には、見る見る木刀で付けられたいくつものあざが数を増す。それでも、止めさせる前にかかって行ってしまうのでどうにもならない。
しまいには、早見の方が願い出た。
「もうよろしいかと存じますが・・・」
安岡はそんな早見に、なおも襲いかかろうとする。周りにいた
「これ安岡! その方剣術を何と心得るか」
太田兵衛が
「戦場では、人は人でなくなるか・・・」
二つ目の試験は、早見の得意とする兵法である。
目の前の地面には、
「相手方は、この
やはり最初に口火を切ったのは、早見の方であった。
「まず、お味方を三つに分けまする。一つはここ、もう一つはここ」
さすが、得意と
これには家臣達も眼を見張った。
早見はなおも続ける。
「騎馬は相手を誘うための
早見の熱弁は、この後も続いた。
(おそらく、そうすれば勝てるであろう・・・)
如水は、一つも無駄なく駒を動かす早見を見詰めながらそう思った。
ところが、安岡はただ黙って見ているだけである。兵衛は
安岡は絵図の一点を指差し、子供のような眼差しで質問をする。
「何で相手方はちっとも動かんのですか?」
「この
兵衛は、もうかんかんである。如水の方に目配せをすると、大きく首を横に振った。
如水はその顔に少しの笑みを浮べながらつぶやく。
「しょせんは、絵図の上での駒遊びにすぎんか・・・」
最後の試験は、財政に関するものである。
つまりは、
得意といわないまでも、これまた、早見の方に
「いざ戦という時に、如何に蓄えが必要か。その方らの考えを述べてみよ」
早見幸之介は早速そろばんを弾き始めた。これが血筋というものなのだろう。見る見るうちに、城の収支が紙に書き込まれていく。
「わかった!」
ところが、意に反して、最初にしゃべり出したのは安岡拓馬の方である。
みんなは顔を見合わせた。なぜなら、彼がそろばんを弾いていた様子など、どこにもなかったからである。
兵衛はいぶかしそうに安岡の顔を見ると、一言尋ねた。
「何がわかったのだ?」
「戦が始まったら敵の城を
「それが、そちの答えか?」
もう、兵衛の顔には青筋が何本も立っている。
如水は急に真剣な顔付きになると、うなるように一言つぶやいた。
「
すべての試験は終了した。
如水は二人にねぎらいの言葉を掛けると、別室にて沙汰を待つよう指示をする。それから彼は太田兵衛を呼んだ。
「兵衛、仕官のかなった者を、再びここへ連れてまいれ」
「はっ!」
兵衛はすぐさま立ち去ろうとしたが、思い留まるように振り向くと、如水に尋ねる。
「大殿、もう一人の者は如何なさいますか?・・・」
如水は、まだ落ちきらぬ夕日を見詰めながら、吐き捨てるように言う。
「切り捨てよ」
「ははっ!」
再び兵衛は背を向けた。過ぎ去る兵衛に今度は如水は問いかける。
「ところで兵衛、どちらが士官かなったか、わかっておるのであろうな?・・・」
兵衛はきらりと
「大殿の一の家臣でありますゆえ・・・」
遠ざかる兵衛を目で追いながら、如水はやりきれない表情でつぶやく。
「やがてはまた
沈み行く夕日の中、振り向くと、そこには気の弱そうな表情をした安岡拓馬が一人立っていた・・・
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