第11話 仕官

 「大殿、仕官しかんを願い出て来ましたのは、この者達で御座います」

 「うむ」


 ここは豊前ぶぜん中津なかつ十二万石、黒田長政くろだながまさが居城中津城の一角である。

 大殿と呼ばれしこの男は、もちろん黒田官兵衛かんべえであり、今ではその名を如水じょすいと改めている。

 家督かとくを息子長政に譲った後は、隠居いんきょの身でありながら、裏の政にまつりごとせいを出しているという。


 「そのほうら、名は何と申す」

 如水はしがらびた声で尋ねた。

 決して大柄な男ではないが、その顔の光沢やしわの一つ一つに、歴戦れきせんを戦い抜いた威厳と迫力とが感じられる。

 最初に答えたのは、細面ほそおもてな顔をした方の若侍であった。

 「拙者せっしゃ早見幸之介はやみこうのすけと申します。父は勘定奉行かんじょうぶぎょう方早見蔵人くらんど。拙者の得意とするは兵法ひょうほうで御座います」


 「何、あの早見殿のご子息か? いや、立派になられた」

 家臣は口々にささやく。


 勘定奉行の早見蔵人といえば、城内でもいちにのきれ者として通っているからだ。

 そう見れば、この若者も目鼻からひたいにかけて、大変利発りはつそうに見えてきた。

 如水は大きくひとつうなずくと、次の者に目を落とす。


 「その方、名は何と申す?」

 「安岡拓馬やすおかたくまに御座います」

 この男、大柄な割に、気の弱そうなところが表情にも出ている。お世辞にも、武士として出世しそうな感じなど微塵みじんもない。


 如水は二人の者にこう告げた。

 「仕官させるは一人。これからいくつかの試験をいたし、その後沙汰さたをする」 

 「大殿、何も試験をなさることなどないのでは御座りませぬか?」

 如水付きの家臣の一人、太田兵衛おおたひょうえは尋ねた。彼は本日の審判役にもあたっている。


 「して、そちならば早見と安岡のどちらを採ると申す」

 「当然、早見幸之介に御座いまする」

 如水はこれには答えず、木刀を取ると、自分自らこの二人にそれを手渡した。決して介助役かいじょやくのものがいないわけではない、ただ彼はこうすることで、二人の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくをも自分の目で確かめたいと思ったからである。

 如水とは元来そういう男であった。


 一の試験は剣術。といっても、ようは、二人が木刀で太刀打たちうちをするのだ。

 「はじめ!」


 結果は火を見るよりも明らかであった。

 安岡の腕や顔には、見る見る木刀で付けられたいくつものあざが数を増す。それでも、止めさせる前にかかって行ってしまうのでどうにもならない。


 しまいには、早見の方が願い出た。

 「もうよろしいかと存じますが・・・」

 安岡はそんな早見に、なおも襲いかかろうとする。周りにいた近習きんじゅう達が、五人がかりでかろうじて安岡を取り押さえた。

 「これ安岡! その方剣術を何と心得るか」

 太田兵衛が一括いっかつしたのもわかる。如水は表情一つ変えずにつぶやいた。

 「戦場では、人は人でなくなるか・・・」


 二つ目の試験は、早見の得意とする兵法である。

 目の前の地面には、たたみ四枚ほどの大きな絵図が敷かれている。

 「相手方は、この山腹さんぷく鶴翼かくよくの陣をしいておる。その数三千。わが方の兵力は、騎馬きば五百に鉄砲五百。あとは足軽あしがるじゃ。さあ、その方らならどう攻める」

 やはり最初に口火を切ったのは、早見の方であった。


 「まず、お味方を三つに分けまする。一つはここ、もう一つはここ」

 さすが、得意と自負じふするだけのことはある。早見は手際てぎわよく人や馬に見立てた駒を、その絵図の上に布陣ふじんする。


 これには家臣達も眼を見張った。

 早見はなおも続ける。

 「騎馬は相手を誘うためのおとりに使いまする。その後、足軽を・・・」

 早見の熱弁は、この後も続いた。

 (おそらく、そうすれば勝てるであろう・・・)

 如水は、一つも無駄なく駒を動かす早見を見詰めながらそう思った。


 ところが、安岡はただ黙って見ているだけである。兵衛はごうやし、安岡に発言を促した。


 安岡は絵図の一点を指差し、子供のような眼差しで質問をする。

 「何で相手方はちっとも動かんのですか?」

 「このたわけが、そんなことを聞いておるのではないわ」

 兵衛は、もうかんかんである。如水の方に目配せをすると、大きく首を横に振った。

 如水はその顔に少しの笑みを浮べながらつぶやく。

 「しょせんは、絵図の上での駒遊びにすぎんか・・・」


 最後の試験は、財政に関するものである。

 つまりは、城内じょうないで使用する武具・馬具、兵糧ひょうろうたきぎ知行ちぎょうに至るまで、全てお金の出入りするものについて計算し、効率よい方向性を見出すというものであるのだ。

 得意といわないまでも、これまた、早見の方にがあることは明らかであった。何しろ彼の父は優れた勘定奉行方であるのだ。少なくとも、その血が流れていることには違いはない。


 「いざ戦という時に、如何に蓄えが必要か。その方らの考えを述べてみよ」


 早見幸之介は早速そろばんを弾き始めた。これが血筋というものなのだろう。見る見るうちに、城の収支が紙に書き込まれていく。


 「わかった!」

 ところが、意に反して、最初にしゃべり出したのは安岡拓馬の方である。

 みんなは顔を見合わせた。なぜなら、彼がそろばんを弾いていた様子など、どこにもなかったからである。

 兵衛はいぶかしそうに安岡の顔を見ると、一言尋ねた。


 「何がわかったのだ?」

 「戦が始まったら敵の城を分捕ぶんどりゃあいい。その城が、米やぜにをたくさん蓄えておれば、なお良い」


 「それが、そちの答えか?」

 もう、兵衛の顔には青筋が何本も立っている。

 如水は急に真剣な顔付きになると、うなるように一言つぶやいた。

 「太閤殿下たいこうでんかが亡くなられた今、乱の時代は必ず戻ってくる。その時・・・」



 すべての試験は終了した。

 如水は二人にねぎらいの言葉を掛けると、別室にて沙汰を待つよう指示をする。それから彼は太田兵衛を呼んだ。 


 「兵衛、仕官のかなった者を、再びここへ連れてまいれ」

 「はっ!」

 兵衛はすぐさま立ち去ろうとしたが、思い留まるように振り向くと、如水に尋ねる。


 「大殿、もう一人の者は如何なさいますか?・・・」

 如水は、まだ落ちきらぬ夕日を見詰めながら、吐き捨てるように言う。

 「切り捨てよ」

 「ははっ!」


 再び兵衛は背を向けた。過ぎ去る兵衛に今度は如水は問いかける。

 「ところで兵衛、どちらが士官かなったか、わかっておるのであろうな?・・・」


 兵衛はきらりとんだ眼差まなざしで如水を見上げると、刀のつばを左手で押さえたまま答えた。

 「大殿の一の家臣でありますゆえ・・・」

 遠ざかる兵衛を目で追いながら、如水はやりきれない表情でつぶやく。


 「やがてはまた乱世らんせになる。如何なる時でも、何事も考えずに殿のたてとなり、殿をお守りできる者でなければならんのだ。それに、頭で人を動かすは、このわし一人でよいわ。早見にはすまぬが、あのきれ者、生かしておいてはやがてこの黒田の家に弓ひくことになるやもしれん・・・」


 沈み行く夕日の中、振り向くと、そこには気の弱そうな表情をした安岡拓馬が一人立っていた・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る