信頼の百合の華
魚を食べる犬
結
プロローグ
美幸サイド
(今日もあの子に言えなかった。次こそは言う。でも次こそは本当に言えるだろうか)
シャワーを浴び、ベッドに横たわり天井を眺める自分。はたして、今日まで何度繰り返し決めたことだろうか。言うのは容易く、やるのは難しい。
(いつも決断したら、行動するのに・・・)
「里(り)恵(え)に、好きだということを言わないと。これ以上、気持ちを繋ぎ止めるのは難しい」
実際に年下の子が『グダグダにしていると、放れてしまいますよ。やる時はやる。この決断が大切ですよ』と話していた
( 里恵を誰かに とられたくない。とられたら・・・私は・・・)
でも本当の気持ちを伝えて、嫌われたら。それこそ最も怖い。その気持ちがいつも私を迷わせる。あの子といる時間は楽しい。出会ってから、同じ時間を過ごしてきたが、もっと同じ時間を過ごしたい。なら、本当の気持ちを打ち明けないと。だが失敗することが怖い
三年前から私はあるバーに通っている。そこのバーでは香澄(かすみ)さんという女性が店長をやっている。香澄さんは常連客の年長者として、相談に乗ってくれたり、私たちのために動いてくれる。お店で話しているのに香澄さんの過去について知る人は里恵しかいない。
里恵と出会ったのは半年前のことだ。香澄さんに聞いたら、姪だと話していた。親子の仲が悪く、香澄さんが預かっていて、最近になって香澄さんのガールズバーで働き始めたらしい。初めて見たときは、可愛く、幼さがある素直な子に見えた。しかし、どこか浮かない顔している上に、私たちを警戒する様子をしていた。そのため出会った頃は、誰かと話しているところを見たことがない。いつも香澄さんの横にいて、注文が来れば、用意して提供するところしか見たことがない。加えて、定かではないが、彼女は私と似ていて辛い過去があるらしい。
『誰かのために頑張る、誰かの期待に応えたい 』
私にとっては辛いことだ。私は誰かのために頑張ってきた。しかし、自分を顧みずにしてきた結果、心はボロボロになっていた。気が付いた頃には『自分は今まで何のために頑張ってきたのか』と自身に疑問を持ち、これから、どうしていったら良いか分からなくなった。
『誰かの感謝がないと生きていけない』
これが私の一番の弱い部分だ。
『本当のあの子を見たい』 と思い、何気なく彼女に声を掛けた。最初は鬱陶しがられた。しかし、その内、私が話す話題に耳を傾けるようになり、彼女自身から話しかけるようになった。ふと、彼女を見ると、今まで見たことのない程の笑顔をしていた。ちょうど、その時に彼女に対して恋心を抱くようになった。あの子と話していると心が救われる。
『もっと、話したい。もっと、あの子と一緒にいたい』
人に欲求があるように私にも欲求がある。欲求を叶えるためにも動かないといけない。あの子に本当の気持ちを伝えるためにタイミングを伺っていたが、言い出す勇気がなく、ずるずる引き伸ばしてきた。だから、明日こそは本当の気持ちを伝えよう。
「明日は必ずあの子に言おう」
心の中で考えている内に、いつのまにか眠くなってきた。誰かに思いを伝えるのは一番緊張することだが、人としてやらねばならない。その時が今だと思う。怖いけど。やってみよう。そう心に決め、静かに眠りについた。
里恵サイド
今日も、あの人が店に来た。あの人と出会ってから、半年が経った。長いのか、短いのか、分からない。
「今日も言えなかった・・・」
この言葉を何度繰り返したことだろうか。あの人が来店すると、自分の中でドキドキして、落ち着かない。初めて出会った頃は、凛凛しく、カッコいい方だなと思った。働き始めた頃は無愛想な態度でいた上に仕事に慣れてないせいか、仕事の緊張だと思っていた。しかし、仕事に慣れてきたにも関わらず、ドキドキは治まらなかったが、最近になって、恋心だと気づいた。
高校以来、私は恋愛と距離を置いてきた。あの頃は同い年の男子の人と付き合っていた。相手から告白してきて付き合いを始めた。お互いが相手の気持ちを尊重しあい、楽しい時間を過ごした。私と相手は遠慮するところがあり、デートの場所や誕生日プレゼント選びには苦労した。この上ない幸せがある充実した時間であった。しかし、その幸せの時間は長くは続かなかった。三ヶ月後に周囲や親友からの嫌がらせがあった。そう、私が付き合っていた人は周囲で人気のある人だった。相手の男子を誘惑したなど言いがかりをつけられたり、物を隠されたり、仲間外れにあったりしたため、いつしか彼氏との時間は辛い時間となった。付き合っていた男子に心配をかけないように耐えてきた。私の忍耐は長くは続かず私は彼に酷いことを言った。
『告白される前から嫌いだった』
『あなたと一緒にいると楽しいことが詰まらなくなる』
他にもたくさん酷いことを言った。しかし、それは本心ではなく、彼に心配を掛けないための別れる口実。それ以来、嫌がらせは無くなったが、人が怖くなった。誰かといると辛い目に会う。そして、誰かを不幸にしてしまう。自分を『疫病神』のように思うようになった。人と普通に接することはできるが、心の中ではとても怖いため他人とは距離を置くことにした。最後は、『みんなが私のことを嫌っているだろう』 と負の感情が渦巻いていた。
あの人と出会ってからは変わった。香澄さんが言うには、あの人も辛い過去があるらしい。何度も私に話し掛けてきた。他愛もない話なのに、釘付けになり、自然に笑顔になれる。あの時から私はあの人に恋をした。香澄さんからも前より明るくなったね と誉めてくれた。あの人が来店してくれるなら、この仕事は楽しいし、今日も頑張れる。だからこの気持ちを大切にしよう。
「次こそは。この気持ちを。あの人のためにも明日も元気で生きなければ・・・」
そう言い残して、眠りについた。
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