第七話
母が亡くなり実家を発ってから一週間が経った。この一週間は早く過ぎたのか、それとも遅く過ぎていったのか、今の私の心では分からない。もう少し休みたい気持ちはあったものの、これ以上 休むと職場に迷惑が掛かるので出勤する事にした。
プロジェクトの副リーダーと後輩を通じて、私がいない間の進捗度を聞き、私はプロジェクトに復帰した私が復帰した事は職場にとって安心できる事だったが、時間が経つにつれて状況は一変した。私のミスが目立つようになった。精神的に不安定な状態が続き、指示ミスが起き、メンバーや関係者に迷惑を掛けさせてしまった。私だけが原因ではなく、私がいない間にプロジェクトメンバーと上層部間で方向性やスケジュールで衝突した。私に心配を掛けないように、復帰するまでには解決するつもりだったが、スケジュールの点で折り合いがつかず、今に至る。私も方向性については譲れるが、スケジュールについては無理なところがあるため、納得できない。上層部も何かしらで焦っているとは思うが、これ以上、現場を急かすと、プロジェクトが転けるよと言いたい。上と折り合いをつけようと努力したものの、実現できず、現場の方からも苦情が来ているため、板挟みの状態だ
(肉親を失った私にこれ程にも追い打ちを掛けてくるとは)
今は帰宅してベッドに横になっている。やはり、心が弱っている時、何かと元気になりたい。今までは香澄さんのバーに行って、楽しんでいたが、両親が亡くなってからは行ってないし連絡も取ってない。
(香澄さんや里恵、心配しているだろうね)
そう思った時、私のスマホが震えた。送り主は里恵から。
『最近、美幸さがお店に来なくてみんなが心配しています』
(やっぱり、心配掛けさせちゃったな・・・)
大事な人に心配を掛けさせちゃった事を悔いて、一人、涙を流した
母が亡くなり、実家を跡にして、二週間が経った。まだ、この世に母がいない事に実感が湧かない日々が続いている。仕事を休めるわけでもなく、無理して職場に出勤している。今でも両親が亡くなる前と今を比べると仕事のミスが格段に目立つようになっている。例の後輩も私を元気づけようと昼食に誘ったり、差し入れにお菓子をくれたりする。今日も『先輩の好きなパスタが美味しい店を見つけたので行きましょう。そこは職場から距離はありますが、お昼限定でサラダやデザートが無料で付くらしいです』と誘ってくれた。断るのも悪いので二つ返事で了承し、食べに行った。後輩の言う通り、パスタが美味しく、デザートはフルーツの乗ったケーキで、おしゃれだった。同僚やプロジェクトの関係者は私の事情を知っているので、気を使ってもらっている。その時は笑顔でいるが内心は辛い気持ちでいっぱいで、このまま心配かけるのも申し訳ない。同僚やプロジェクト関係者のみならず、里恵や香澄さんにも心配を掛けてしまった。
毎週通っているのに、すでに一ヶ月も来ないという事で、里恵から『最近、美幸さんがお店に来なくてみんなが心配しています』とメールが来て、私は『プロジェクト関係で忙しくて。今度の金曜日に行くよ』と返事を送った。そして、私は今、お店の前にいる。なんて言って、入店しようか考えたが思いつかず、いつも通りに入店した。
「いらっしゃいませあっ!?美幸さん、お久しぶりです」
「久しぶり、里恵。心配かけてごめんね」
久しぶりに里恵に会えて、とても心が満たされる。里恵の髪が以前より短くなっていた。それも、自然で柔らかさを感じさせるショートカット。そして店内はいつも通りに満席で、安心感を得た。
「てめぇ、何しに来た!」
「あらっ、美幸ちゃんじゃない。久しぶり♪私に会いに来たの。いつでもどこでも美幸ちゃんが会いたければ私は会いに行くよ♪」
一ヶ月前のバーのイベントで私と戦った千夏と美姫が声を掛けてきた。
「お久しぶりです。二人ともお元気ですね」
「美幸ちゃんに会えなくて、寂しかったよ。てっきり、嫌われたかと思ったよ」
(確かにあそこまで、執着されたら誰でも避けたくなるわ)
いつもの面々に迎えられて、元気が戻ってきた
「そういえば、香澄さんの姿が見えないけど」
「香澄さんは買い出しです」
里恵は私の問に答えた。その後、スーパーの買い物袋を手にした香澄さんが戻ってきた。
「あらっ、美幸、久しぶり。元気そうでなによりだわ」
「ご心配をお掛けしました」
「まぁ、今回は大変だったとか」
「はい・・・。いつまでも悲しんでいては両親に怒られますから、元気に頑張っています」
「それでこそ。美幸じゃない♪」
香澄さんはいつもの笑顔を私に向けた。そして私がいない間の出来事を聞かされた。
『里恵が女性雑誌で有名な美容室に言って、一新した話』や『香澄さんは怖いものが苦手で、ハロウィンの日に常連が香澄さんにドッキリをして怒られた話』など、段々落ち込んだ気持ちが晴れていった。気が付いたら、スマホの時計は閉店一五分前になっていた。
「もう閉店の時間よ。『帰りなさい』と言いたいところだけど、久々に美幸が来た事だし、今までの穴埋めとして、もう少し居て良いわよ。しかも、今から無料で料理を振る舞うわよ」
「香澄さん、良いのですか?」
私は香澄さんの発言を疑った。
「気にすることないわ」
(香澄さんも私の事を心配してくれて、そう言ってくれたのだな)
「良かったですね、美幸さん」
「うん、嬉しいよ、里恵」
香澄さんの言う通りに、閉店時間の後も、みんなと過ごした。香澄さんが腕を振る舞うと聞いたので、内心賄いかなと思ったが、驚いた事に私の好きな料理であるナポリタンや鶏肉のトマト煮など私が好きな料理を作ってくれた。
(さっき手にしていた袋の中身は、このための物だったのだ。明日は、いや正しくは今日は土曜日だから、遅くまで飲んでいても良いか)
前に里恵から料理をしないとは聞いていたから、里恵と一緒に香澄さんの事を料理が不得意だと思ったが、そんなことなく、むしろ『なぜレストランを開かなかったのですか』と聞きたくなる程に美味しかった。美味しい料理があるものだから、みんな、お酒が進み、酔いつぶれた人もいた。帰る人もいたが、みんなが楽しそうに、私に挨拶して去っていった。
閉店時間を四時間も過ぎていた時には美姫と千夏も帰っていった。
「じゃあ、私たちはこれで失礼するわ。じゃあね、美幸ちゃん。また会いましょう♪」
「じゃあな、美幸」
そう言って、例の二人も店を出ていった。そういう事で、店内は私と里恵、香澄さんだけになった。
「美幸、あなたが元気になってくれて良かったわ」
「はい。そういえば、なんで私が落ち込んでいた事が分かっていたのですか?」
「こないだ、里恵が買い出しに出ていた時にあんたが浮かない顔していたと聞いたからよ」
「はい、美幸さんがとても浮かなく、思い詰めていたので心配になり、メールを送りました。そして、今日、来店すると分かり、元気づけようと常連の皆様に連絡して来てもらったんです」
(街中で里恵に見られていたなんて。しかも私を元気づけようとしてくれたなんて)
「里恵、ありがとう」
私は泣きそうになりながら、里恵に感謝の言葉を言った。
「こんな事で泣きそうになるなんて。美幸は子供ね」
「素直に嬉しいからです。では、そろそろ失礼します。今日はありがとうございました」
「これからも来なさいよ。あなたには温かく迎えてくれる人がいるのだから。あんたが辛い時は話を聞いてあげるわ。」
(そうだ。確かに私は家族を失って、帰る場所がないと思っていた。しかし、私には里恵や香澄さん、常連のいる、この店がある。)
「美幸さん、これからもお待ちしています」
二人の言葉を聞いて、私は店を出た。外を出ると、まだ暗いが、スマホを見たら時間は五時ちょうどだった。
(今度、里恵や香澄さんにお礼をしないと)
私は心の中で思いながら、嬉しい気持ちと店内での時間を思い出し、家へと向かった。
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