第八話
「あなたたち、葉の部分は最後で良いの!!まずは、茎や火のとおす必要のある物からを入れなさい。まったく!!」
今までにない香澄さんの声は部屋中に響いた。女性は香澄に怒られた(?)せいで、動かしていた手を止めた。
(常連客に対しても厳しいな・・・香澄さん)
「ごめんなさい」
(しょげちゃった)
「香澄さん、もう材料全部入れちゃってもいいじゃないですか」
「美幸、あんた いつから私に歯向かうようになったのかしら。えっ!!」
「ごめんなさい・・・」
特に悪いことをしたわけでもないのに、私も彼女と同様に大声で怒鳴られた。それもそのはず、今日は香澄さんの家で鍋会だ。参加者一五人。器具類は皆で持ち寄った。ある常連二人が実家からの仕送りから、野菜や肉を分けてくれたことがきっかけ。二人のご家族は協同で畜産農業と漁業を営んでおり、店に卸している。しかし、近隣の人が我先に欲しがるので、週に数パックくらいしか並ばないほどに有名とか。
(超ブランド級の野菜や魚が食べられるなんて♪)
楽しく和気あいあいと食べたいところだが、そうはゆかなかったそう香澄さんは『鍋奉行』と言われる、鍋の作法に厳しいお方でもあるのだ。先ほど怒ったのも、鍋奉行の怒りに触れたからである。
「里恵、肉団子と魚を入れなさい。肉団子は丁寧にね。魚の切り身は煮込み過ぎると崩れるから、入れる場所に注意しなさい」
里恵は手際よく具材を入れた。先ほどの下処理でも、魚や肉団子の準備の際に秘訣などを披露したほどに料理を極めている。まぁ、今の香澄さんと一緒に生活してれば、そうなるわな。
「でも、なんで野菜や魚を提供してくれたのですか?」
里恵は例の二人に聞き、美姫が答えた。
「それは、みんなのためです。今までは二人で消費したりしていましたが、皆で楽しく和気あいあいと食べたいからです」
「中々、気が利くじゃない」
香澄さんや参加者は感心した。
「と この子が言うもので」
その女性の隣にいた女性を示した。
「まあ、いつもお世話になっていますから、その気持ちです」
その女性は照れた顔で言った。
「あとは葉など簡単に火が通るもの煮込めば完成ですね」
待ちに待った鍋も、もうすぐで食べられる。
「食べる準備しなさい。ほら、美幸、グラス出しなさい。酒が注げないじゃない」
「ありがとうございます」
香澄さんは気前が良いと、サービスしてくれる。香澄さんが私にお酒を注いでいる時に、先ほどから気になったことを聞いた。
「それにしても、たくさんお酒ありますね」
「あぁ、酒屋に知り合いがいて、お酒の試飲イベントに里恵を派遣したら、『一年待ちになるほどに予約が入った』と絶賛していて、お礼ということでくれたのよ」
(さすが里恵)
「食べ頃ですよ」
「みんな、グラスを持って、乾杯ー!!」
香澄さんは、里恵のそのひと言を合図に乾杯した。鍋は寄せ鍋、味噌鍋、キムチ鍋の三種類。牡蠣や鱈と美味しい野菜。そして美味しいお酒。
「あっ、その肉は私の!!」
「あなたが離しなさいよ」
「はいはい、喧嘩しなくても、たくさんありますよ」
「美幸ちゃん、はい、あ~ん♪」
「いえ、結構です」
「あっ、それとも私。や~ん、美幸ちゃんの欲張り♪」
「いやいや、違いますよ(泣)」
芋煮会とは違う楽しい時間を過ごした。
「〆いくわよ。麺とご飯を用意したから、かけて食べなさい」
〆は鍋にご飯か麺を入れるが、派閥争いを避けるための手段として、かけることにした。
「満腹~満腹♪」
〆を堪能した上に里恵手作りのデザートまで用意された。香澄さんや参加者全員、ご満悦のようで、酔いつぶれた人がいた。皆で片付けを済ませた。
「みんな、気をつけて帰るのよ」
解散する時に、ある女性が口を開いた。
「みんなに伝えないといけないことがあるの」
その女性は、鍋の具材である野菜や魚を提供してくれた方だ。それに続いて、その女性の隣に女性が口を開いた。
「来週に九州へ転勤することになりました。本当なら、私だけですが、この子も行くことにしました」
「なんで、二人で行くことにしたのよ」
香澄さんは彼女らに聞いた。二人はお互いを見て、口を開いた。
「私がこの人の事が好きだからです」
「私とこの子は幼馴染で、小さい頃から一緒に育ってきた上に、高校と大学まで一緒でした。まぁ仕事までは違いますが、私と彼女は人生のパートナーみたいな関係です」
「昔から、ほっとく事が出来ないのよ。この子、幼い頃から男子と喧嘩ばかり、少しは女性らしくしてほしかったけど、そんなところがかっこ良かったの。私がいじめられると、駆けつけてくれて守ってくれる。そんなところに惹かれたの。だから、この子から転勤の話をされたときは迷わず、ついて行くことにしたのです。上司に退職届を出した時は止められましたが、笑顔で『未練はありません』と言いました」
(迷わずに・・・。それも仕事を捨ててまで・・・。もし、私なら彼女と同じようにするか・・迷う。でも、一緒にいたい気持ちは理解できる)
「だから、私達はいつまでも、どんなときも一緒にいることにしました」
「みなさん、今までありがとうございました。お元気で。」
参加者のほとんどが涙をしており、私も涙を浮かべた一人である。
「あんたたち・・・。あぁ~」
「すいません、雰囲気を壊してしまい・・・」
「あなた、何を言っているの!!里恵、明日は土曜よね」
「はい、そうですが」
「決まりね。みんな、二次会をするわよ。それも二人の送別会よ。そうと決まれば、準備するわよ♪」
『二人を見送りたい』という気持ちはみんな同じ。香澄さんは、参加者全員に買い出しや会場の準備、一次会に来なかった常連全員への連絡を命じた。まぁ、驚くことにあっという間に準備が完了。加えて、一次会に居なかった常連客全員が来た。二次会への差し入れの料理や急いで用意した二人へのプレゼントなど。同じ時間を過ごした仲間だからできることだ。
それから、二時間だけだが、彼女らを精一杯見送ることができた。彼女らから、大切な事を学ばせてもらった。好きな人だから、本当に心から愛している人だから、人は勇気を持って大きな事ができる。とても素晴らしく、美しい事でもある。
(私も誰かのためにできたら良いな)
そう思いながら、みんなで撮った集合写真を見る。あれから、二人は九州で元気に過ごしている。本日、店内で里恵のパソコンを使って、テレビ電話で話すことになった。テレビ電話で一緒にいるわけではないが、相手方もお酒を用意して飲むようだ。離れていても、『仲間』として繋がっている。そして仲間として彼女らの幸せを祈ろうと思いながら、今日も里恵や香澄さん、仲間の待つ店へ向かった。
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