第一二話

 現在、午前二時三〇分です。さて、みなさんに質問です。私はどこにいるでしょうか。

(はい・・・正解は『香澄さんの家』です)

 なぜ、香澄さんの家にいるかというと、自分の家に入れないからである。バッグに仕舞っていた鍵が無い事に気づき、お店に戻って探したという経緯がある。香澄さんの店を出てから後に落としたのだろう。かといっていつ落としたのか検討がつかないが、少なくとも時間も遅いので、なくなく香澄さんに一泊させてもらうことにした。

「あなた、しっかりしなさいよ。まったく、閉店作業を終えて帰宅しようと思った矢先に、あなたから電話が掛かってきて『泊めて下さい(泣)』と言ってくるなんて。それも鍵が無くすなんて。呆れちゃうわ」

(返す言葉がありません)

「まぁまぁ、困っているのですから。困った時はお互い様ですから、美幸さん、気にしないでください」

 香澄さんに散々説教された私を蒲ってくれる里恵。

「ありがとうございます。後日、お礼します」

「お礼?そういうなら、明日、手伝いなさい」

 明日は休日で予定は入れていないので、問題はないが、嫌な予感がする。

「手伝うといっても、簡単なお願いだけど。一週間後は世の中で言うクリスマスでしょ。店でクリスマス会を開くから、それに必要な物を買ってきて欲しいの」

「それは私がする予定でしたが」

 里恵は香澄さんの発言に驚き、聞いた。

(そういえば、来週はクリスマスだ)

 てっきり、お手伝いと聞いて、大きな事かと思ったが買い出しを聞いて『えっ!?それで良いの?』と思った。

「分かりました。泊まらせていただいていますから、お安い御用です」

「私一人でも出来ますから・・・」

「里恵、そんなことないわ。せっかく、美幸が手伝うと言っているのだから。美幸をこき使ういい機会だわ」

(香澄さん、ひどい・・・)

「分かりました。明日はよろしくお願いします」

「じゃあ、そういう事で美幸よろしく頼むわね」

「はい、分かりました」

 私は里恵に客室に案内され、敷かれた布団にすぐ入り眠りについた。




 そろそろ、決断しないといけない。前から、何度かそう言ってきたが、最近になって、ずるずると引っ張るのは良くないと思い始めた。今日は急遽、美幸さんが泊まることになった。あの人が困った時は力になりたいので、泊めることには賛成だった。ただ、耐えきれない。あの人といると、胸がドキドキして耐えられない。香澄さんはワザと美幸さんと一緒に行かせるようにしたんだろう。

香澄さんに打ち明けたら、『それは恋よ』と言われた。高校以来の恋。もう傷つきたくないので、悲恋は避けたい。やるだけはやってみよう。あの頃から私は変わったのだから。




 朝になって、里恵が用意した朝食を香澄さんと里恵と一緒に食べ、里恵と一緒に私の自宅に帰った。部屋に入って、ある事に気づいた。鍵はスマホ用のモバイルバッテリーの入っているポーチにあった。物を適当に入れてしまう癖があるから、いつのまにか入ってしまったのだろう。私は里恵にクスッと笑われた。そして、急いで着替え、里恵と買い出しに行った。

里恵に香澄さんからもらった買い出しメモを見せてもらったが、『クリスマスツリー』とだけ書かれていた。買い出しという事だから、たくさん書かれていると思っていたが、たった一つだけということが香澄さんにしては不自然だなと思った。

(なにか思惑でもあるのかな)

 そう思いながら家具量販店に行き、香澄さんに指定されたクリスマスツリーを購入した。ツリーはタイミングが悪く在庫切れのため、取り寄せという形にはなった。三日後には届くが、香澄さんの了承は得ている。予定より早く終わり、香澄さんにメールしたら、『大事な来客がきているから、里恵をよろしく』と変身されたので、里恵と相談した結果、近くのショッピングセンターに行くことにした。来週のクリスマス会のプレゼントでも買うことにした。

「それにしても、大事な来客が来るなら、もっと早くに行ってほしかったね」

「はは、昔からうっかりなところがありますから」

「あっ、これは可愛いね」

 私は店前に飾られていたコートが目に止まった。白色のコートで残り一着と大きく広告されていて、自分が着てみたかった可愛いデザインだった。試着してみたが、まぁまだ秋の余韻が残っていたので断念した。しかし、里恵が試着してみると、サイズが合っており、思わず『可愛い・・・』と言ってしまった。

里恵は恥ずかしそうに『そんなことありませんよ。でも、美幸さんがそうおっしゃるなら』と返事した。来週はクリスマスということで、私は里恵からコートを取り、レジで会計をした。

「はい、一週間早いけど、クリスマスプレゼント」

「良いのですか?」

「うん、良いの」

「ありがとうございます・・・」

 里恵はコートの入った袋を大事そうに抱いて言った。その時の里恵はいつもと違うように嬉しそうだった。そんな時、聞き覚えのある声が聞こえた。声のした方を向くと、美姫と千夏の二人だった。

「あら~、美幸ちゃんじゃない」

「美幸、なんで里恵ちゃんとここにいる」

 二人にクリスマスツリーを買いに来たついでに寄ったことを話した。二人も来週のクリスマス会のプレゼントを買いにきたと話していた。

「これから、ランチに行くのだけど行く?」

「ご一緒にしても良いのですか?」

 里恵は彼女らの誘いに対し聞いた。

「もちろん、たくさんいた方が楽しいからね」

 彼女たちの誘いにのり、一緒にランチに行った。そこはピザが食べ放題のお店で、いろんな種類があるようで定番のマルゲリータもあれば、デザートでケーキもある。

「美味しそうだね、里恵」

「そうですね、美幸さん」

「ここのピザは友人が働いていて、予約するのが大変だったんだよね」

「本当に長かったな・・・。まぁ、里恵ちゃんがいるから、より嬉しいけど、美幸がいるのは納得いかないが・・・」

(変わらず、私に厳しい・・・)

 それから、四人で何種類か食べ比べした。私は定番のマルゲリータが好きで、あのトマトソースが好きだ。里恵はチーズがたっぷりのピザが好きなようで、美味しそうに食べていた。今日の里恵は無邪気な様子で、いつもと違う様子だ。

「美幸ちゃ~ん、デザート取りにいこう」

 美姫が私の手を引っ張って、デザートのあるコーナーに連れていかれた。

「美幸ちゃん、美味しそうだね♪」

「そうですね」

「どれも美味しそうで全部食べたいな~」

 いつも通りにゆるい様子で迷いながらスイーツを選んでいた。自分も隣で一緒にスイーツを選んでいた時、彼女が思いもよらぬことを言った。

「長く迷っていると、大切なものが離れていくよ」

「えっ!?」

「好きなんだね、里恵ちゃんのことが」

 急な発言に私はどう返す言葉がどう返したいいか分からなく、言葉に困った。

「はい、里恵の事が好きです」

「前々から美幸ちゃんと里恵ちゃんを見ると、とても幸せそうに話しているし、美幸ちゃんは私に振り向いてくれないし。もしかしたらと思っていたの」

(あんなアプローチは誰でも嫌でしょ)

「そして、さっき美幸ちゃんが里恵ちゃんにプレゼントする様子を見ていて、確信したの」

(見られていたのか・・・)

「迷うのは悪い事ではないわ。ただ、いつまでも迷っていると大切なものは離れていくわ。だから、思い切って決断することは必要よ」

 彼女の一言に私は大切なことを学ばせてもらった気がした。

「ありがとうございます。どうするか考えてみます!!」

「うん、その心意気。そろそろ、戻らないと二人に怒られちゃうね♪」

 二人の分のデザートも取り、楽しい時間、いや大切ことを学んだ時間を過ごした。その後、二人と先ほどのショッピングセンターに戻り、買い物をした。私は、ちょっと高めのバッグをクリスマス会のプレゼントに選んだ。里恵へのプレゼントを含めると出費が痛い。

(まぁ、一大イベントだし、まっいいか)

 二人や里恵も目星がついたようで、四人共にプレゼントが決まった。日が暮れた頃に二人と別れ、私と里恵は香澄さんの家に向かった。香澄さんは、ソファーでぐったりと寝ており、テーブルにはワインとおつまみ、中身が空の弁当の容器があったことから、日中飲んでいたようだ。里恵は寝室から持ってきた毛布を香澄さんに掛けた。里恵とクスッと笑い、リビングの部屋を片付けて、時計を確認したら一八時を過ぎていた。まだ、香澄さんは寝ているようで、里恵は夕食の準備をしていたので、私も手伝い、一九時になった頃に香澄さんは目を覚まし私と里恵がいる事に気づいた。

「あらっ、お帰りなさい」

「香澄さん、日中飲んでいたのですね」

「たまには飲みたくなるものよ。あらっ、こんな時間。美幸、食べていきなさいよ」

「いやいや、遠慮しときますよ。泊めて頂いた上に夕食まで」

「いいのよ。私が言うのだから」

 どうしようか迷い、里恵の方を向いたら、里恵は食べていってくださいと私に合図を送った。結局、夕食も頂くことにした。夕食を食べながら、今日あった事や例の二人にあったことを話した。時計が二一時になる頃に私は香澄さんの家を出た。香澄さんと里恵には門のところまで見送ってもらった。

「今日はありがとうございました」

「気にすることないわ。買い出しに行ってくれて助かったわ」

「本当にツリーだけで良かったのですか?」

「なに疑っているの!!美幸、良い度胸ね。まっ、冗談よ。あれで良かったのよ」

(う~ん、なにかありそうな反応だったな。まぁ、深堀をし過ぎるのも良くないし、このくらいにしておくか)

「お帰りの際はお気を付けて」

「うん、ありがとう」

 私は自宅まで帰りながら、美姫に言われたことを思い出していた。

(決断か・・・。里恵が好きなのは事実。そして、今まで迷ってきた。もし、本当の事を打ち明けて、ハッピーな結果になれば良いが、悪い結果になった事を考えると決断に踏み切れない。でも、もしダメでも未練を残して機会を失うくらいなら)

「よしっ、打ち明けよう。来週のあの日に」

 大きな決断をして、私は寒い道の中を早歩きで帰って行った。



 さっきまで、美幸さんと美姫さん、千夏さんの四人と一緒にピザを食べていた。香澄さんがスイーツを取りに行っている。今、テーブルにいるのは、私とご一緒している女千夏さんの二人。

「里恵ちゃん、美味しそうに食べていたね♪」

 ピザを食べている私を見て、相手の方は頬をつきながら言った。

「本当に美味しいので、つい食べてしまいますね」

「このお店は友人が働いていて、『安くするから来て』と言われてきたんだ」

「どうりで安かったのですね」

「里恵ちゃんが喜んでくれるなら、美味しいお店に連れていってあげるよ。そろそろ年越しも近いから、蕎麦とか」

「その時は、よろしくお願いします」

 今まで、和気あいあいと会話をしていたが、ある言葉で雰囲気は引き締まったように変わった。

「里恵ちゃんは、美幸と一緒にいて、楽しい?」

「そうですね。職場の話や趣味の話など、いろんな話をしてくれので、楽しいです」

「そうか、良かった。もし、あいつが変な事してきたら、私に言いなよ。その時は、あいつをけちょんけちょんにしてやるから」

「さすがに美幸さんが私に変な事してきませんよ(笑)」

「あいつと話している時の里恵ちゃん、活き活きしているから、安心するよ。なにせ、みんなの人気者だからな」

「そんな事ないですよ」

 人気者と言えば、そうである。みんな、私を人気者のように可愛がってくれる。

「だから、里恵ちゃんが元気なら、私たちも元気になるし、里恵ちゃんが悲しい時は私たちも悲しくなるのだ。なぜ、こんな事を言ったかと言うと、最近の里恵ちゃん、いつもよりどこか浮かない顔しているのだ。特に美幸と話している時、笑顔だけど浮かない顔をしているよ」

 この人の言う通り、美幸さんと話している時、浮かない顔をしている自覚はある。それは美幸さんへの好意に由来する。もっと話したい、もっと一緒に居たい、もっとあの人の事が知りたい。でも、私があの人を拘束していると思うと、どこか心が苦しくなる。

「でも、美幸の野郎は里恵ちゃんと話していて、楽しいのは間違いない。さっき美幸が里恵に袋を渡しているところを見させてもらったけど、間違いなく里恵の事を思っている。誰かの事が大切だから、できる事なのだと思うよ。だから、自信を持って笑顔で美幸と話しな」

 その言葉のおかげで、私の心にあった不安はきれいに吹き飛んだ。

「ありがとうございます」

「うん、その意気!!あっ、あいつらが戻ってきた。まっ、頑張りなよ」

「頑張ります!!」

 美幸さんが戻ってきて、私たちの分まで持ってきてくれた。本当に私はたくさんの人に可愛がってもらっていた。だから、私は決めた。美幸さんに打ち明けると。恐いけど、勇気をもらったのだから。




「でっ、そっちはどうだった?」

「う~ん、美幸ちゃんも同じだったわ」

 美幸と里恵の二人と別れた美姫と千夏の二人は、ファミレスでお茶を飲みながら話していた。

「こっちも同じ」

「やはり、二人は・・・。まっ、美幸ちゃんが幸せなら良いのだけど」

「まっ、俺も里恵ちゃんの幸せなら、良いのだ」

「未練はないの?」

「そういうお前も、美幸にアタックしていたけど、未練は無いのか」

「未練が無いと言ったたら嘘になるけど、これ以上は勝機が見えないから、ここで諦めないと、ずるずる引っ張ってしまうわ」

「そうだな・・・」

「・・・」

 お互い、思ってない結果にはなったが、後悔はない。

「これ以上、落ち込んでいたら、美幸に心配をされる。そんな事になったら、俺のプライドが許さない」

「もう、なんで昔からそうなの。小学生の時も男子と喧嘩しては先生に怒られるわ。中学の時も喧嘩の度に怪我をしたのを私が介抱して、苦労したのだからね」

「そっちが勝手にお節介をやいたんじゃん」

「心配だったのよ!!」

「・・・」

 些細な事で、口げんかになってしまった。今までも同じ事があった。

「・・・ただ、ありがとう・・・」

「?」

「私が不良に絡まれていた時、ぼこぼこになって、助けてくれてありがとう」

「まぁ、あの時はたまたま通りかかったから助けたのであって、お前を助けたいからあの場所にいたわけでないからな」

「!!」

 今まで喧嘩してきたが、毎回こんな感じで仲直りする。

「あぁ~、喧嘩していたらお腹が空いたな~」

「昼にたくさん食べていたじゃん」

「人間なのだから、腹が減る時は減るものだ。そうだな、この前作ってくれたビーフシチューが食べたいな」

「ビーフシチューなんて、ここで食べられるでしょ」

「ここのではなく、お前が作ってくれたのが良いの」

「!!」

「なんだよ、その反応」

「良いわ。ちょうど、私も食べたかったのよね」

「昔から正直にそういえばいいのに」

「何か言ったかしら!」

「いや、なんでも。さて、行くぞ」

「待ってよ」

(いつも本当に面倒で、お節介なところもある。俺の身にもなってほしい。でも・・・)

(昔から強気でいつも誰かと喧嘩する。それを収める私の身にもなってほしい。でも・・・)

(親身に俺の事を心配してくれるから、こいつと出会えて良かった。そして、本当に好きになって良かった)

(一緒に居ると頼もしく安心できるからこの人と出会えて良かった。そして、この人を好きなって良かった)

 お店の照明で綺麗に彩られた通りを二人は仲良く歩いて行った。

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