第2話

金曜日の列車

 金曜日という平日の最後の日のため、連日 働いた疲労感がある社会人がちらほら見え、早く明日にならないか焦る。金曜日を乗り越えれば、休日が待っているので、待ち遠しい気持ちになる。しかし、休日が目の前にあるという、待てをさせられた犬のような気持ちになるので、イライラも募る。今の私も そうだが、イライラはまったくない。むしろ、楽しみでしょうがない。それもそのはず、今日は里恵の誕生日。

「誕生日パーティーに行けるよう、コツコツと仕事を進めたし、プレゼントも買ってあるから、準備万端。あとは夜まで待つのみ」

 他人の誕生日なのに、とてもワクワクする。カバンの中に誕生日プレゼントがある事を確認して出社した。

(しかし何か忘れている気がするが、思い出せないでいる。それも、とても大切な何かを。何だっけ? )

 職場に着くまで思い出そうとしたが、思い出せなかった。

「あれっ、篠原先輩♪ いつもに増して、気分が良さそうですね」

 同じ事業チームの三つ下の後輩から声を掛けられた。この後輩とは、大学からの関係で、仕事には熱心な子で自慢の後輩と言っても過言ではない。気配りもできて、いつも笑顔が絶えないので周囲の人からは好評だ。嫌な事があった後でも笑顔なので、たまに怖い。

「まぁ、ちょっと今晩 特別なことがあって」

「わぁー、もしかして男性と」

「そんなものかな。今日は友人の誕生日なの」

(本当は仲の同性だけど・・・。まぁ、誕生日なのは嘘ではないから、このままにしよう)

「だとしても、素敵ですよ。私は合コンの予定が入っています」

「タフだね。前の人と別れてから一週間も経つのに、すぐに動くとは、あなたもすごいね」

「いや、前の人は それなりにカッコよかったです。でも、私以外に三股をしていて、そのことを全員に隠していたのですよ。私のことを女神と言っていたのに。あー、考えるだけでイライラしてきました」

(その人のことがとても好きだったのだな)

「そのためにも今日は頑張りましょうね、先輩♪」

「とは言っても、仕事の方はだいたい進んでいるから、夜まで待つだけ」

「さすがですね、先輩。では良い夜を♪」

 後輩は そう言って、自分の机と向かった。それからと言うものの、特に問題なく時間が過ぎ、一八時前には例の後輩は退社した。そして、自分も後輩の後に帰るはずだったが、今も私はパソコンに向かって、資料を作っている。来週月曜日の役員間の打ち合わせに必要な資料を上司が指示し忘れた上に帰る直前に 押し付けたのだ。

(あの上司め! もっと早く言え。そして忘れるな!)

 心の中で不満を漏らし、パソコンに向かう。渡された紙には、一人でやるにしては、ボリュームが多い。今までの集計データを使っても良いが、書式の問題があるため、作り替える必要がある。一人でやるとなると、多くの時間が必要だ。しかも、ほとんどの人が退社していて、頼める人もいない。里恵の誕生日パーティーには間に合わない。この状況から抜け出したいが、やらないといけない。

(何でこんなときに!!)

 イライラしたため、机を蹴ってしまい、机がへこんでしまった。途中、職場の掛け時計を見ると、一九時五〇分となり、この時間はお店に向かっていても、いいはず。

(なんで、こんな大事な時に)

 もう、何もかも嫌になり泣きそうになった時、聞き慣れた声が聞こえた

「あれ?先輩、なんでいるのですか。彼氏さんといる予定じゃなかったですか?」

「上司に資料とスライド作成を押し付けられた」

「うわー、酷いですね」

「そういう、貴方は?」

「合コンには行ったのですが、いい男がいなくて、適当なこと言って抜け出してきました。会社の前を通ったら、明かりがついていたので、ちょっと見に行ったら、先輩がいたというわけです。先輩には大学の頃からお世話になっていますから」

「そうね。期末テスト直前になって、私に泣きついてきて、一晩つきっきりで、勉強教えたね」

「あの節はお世話になりました。お礼というわけで、手伝いますよ。ついでに例の人について教えてくださいね」

「また今度ね」

「了解です♪」

 そういって、自分の机へと向かった。とても、ありがたい。この子の先輩で良かったと内心思った。そのあと、仕事を分担して取り組み、二〇時三〇分を過ぎた頃。

「先輩、できましたよ」

「もう出来たの。早いね」

「先輩の指導のおかげですよ。それはそうと、急いで行ってください。後のことは私がやっておきます」

「ありがとう。今度、お礼するね」

「よろしくお願いします」

 急いで荷物を持ち、会社をあとにした。全力で走り、二一時になるギリギリのところで店に着いた。予定より遅れるなんて。里恵には申し訳ない。きっと、私の悪口でも言っているだろう。店を立ち去ろうとした時。

「いつまで、店の前に突っ立っているの。早く入りなさい。そうしないと始まらないじゃない」

 後ろには店の前でタバコを吸う香澄さんがいた。

(えっ、どういうことですか?)

「早く、入りなさいよ。まったく、遅れてくるなんて、いい度胸をしているわね」

「すいません、急な仕事が入ったため、遅れました。これはどういうことですか?」

「とりあえず、入りなさい」

 言われるがまま店に入った。入ると同時に中から、クラッカーが鳴った。

「美幸、お誕生日おめでとう」

(えっ、これは どういうこと?今日は里恵の誕生日パーティーのはずだから、私は主役ではないはず)

「美幸さん、お誕生日おめでとうございます。これには訳がありまして、今日は私の誕生日ですが、私だけではなく、美幸さんもお誕生日でしたよね。サプライズというわけで、一ヶ月前から内緒で計画をしていました」

(忘れていた。今日は私の誕生日だった。仕事で頭が一杯だったため、すっかり忘れていた)

「でも、遅刻した身として申し訳ないです」

「はぁ、何を言うと思えば、ガッカリだわ。確かに始まるのは二〇時だけど、里恵が『美幸さんが来るまで待ちましょう』と言い出したものだから、待っていたのよ。

 私は、貴方が来ないなんて あり得ないから、待っただけよ」

「里恵、ありがとう」

「どういたしまして。さあ、始めましょう」

「では、里恵、美幸、お誕生日おめでとう」

 みんなからのお祝いの言葉が心にしみて、泣き出しそう。香澄さん、みんな、そして里恵、 ありがとう。それからとは言うものの、みんなで 香澄さん特製の料理を堪能しつつ、喋ったり、ゲームをしたりと楽しんだ。

「最後は、二人にプレゼントをあげるわ」

 里恵と一緒に香澄さんから、プレゼントの入った袋を受け取った。開けると、中には名前入りグラスが入っていた。それに対し、里恵は日記帳だった。それも、かなりお洒落な日記帳。

「里恵、良かったね」

「はい、ありがとうございます。香澄さん」

「まぁ、美幸は オマケだから、浮かれるじゃないわよ」

「ありがとうございます、香澄さん」

 感謝のことばを言うと、香澄さんは照れた顔を隠した。その後も、盛り上がり、楽しい時間を過ごし、お開きになった。みんなで片付けをして、帰っていった。私はもう少しいたいので、最後まで残っていた。

「里恵、お誕生日おめでとう。これは私からのプレゼント」

「ありがとうございます。その私からも美幸さんからプレゼントです」

 里恵からプレゼントを貰えるなんて、嬉しい。開けると、ネックレスが入っていた。しかも、私が里恵にあげた物と同じものと同じブランドだ。里恵にはしずく形のネックレスを、里恵からのは 月の丸い形のネックレス。

「まさか、美幸さんと同じものをあげるなんて、偶然ですね」

「誕生日が一緒な上に、プレゼントまで同じなんて。偶然だね」

 自分の中で一瞬 運命を感じた。

「はいはい、お二人さん。いいところで、悪いけど、店を閉めるわよ」

「すいません。香澄さん、今日はありがとうございました。里恵、プレゼントありがとう。大事にするわ」

「こちらこそ、ありがとうございました。私も大事にします」

 家に帰り、里恵からプレゼントされたネックレスを着けてみた。箱をよく見てみると、紙切れが入っていた。そこには里恵の連絡先が書いてあった。私はすぐにそのメールアドレスにメールを送った。

『今日はありがとう。とても楽しかったよ。まさか、誕生日が同じなんて、驚いたよ』

 すると、すぐに返事が来た。

『私も楽しかったです。私も驚きました。なんていうか、運命を感じました』

 その返事を見て、心がドキッとした。すぐさま、返事を送った。

『同じく、私も同じだよ』

『気が合いますね。今日は香澄さんや多くの人がいましたが、もしよろしければ美幸さんと二人きりで出掛けたいです』

 余計に心が落ちつかなくなった。

『里恵、今度の日曜日に二人で出掛けよう。行きたいところはある?』

『そうですね。映画が観たいです。ちょうど、常連の方から誕生日プレゼントに、映画のチケットを頂きまして、美幸さんと一緒に観たいです』

 私と観たい。私自身、映画が好きなので、その映画に興味がある。

『いいよ。それって、どんな作品?』

『それは秘密です。』

(余計に気になる)

『では、今度の土曜日に会いましょう。美幸さん、おやすみなさい』

『おやすみ、里恵』

(今度の土曜日に里恵と映画か~。ドキドキしてきた!!)

 心をときめかせながら、私は眠りについた。

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