第四話


里恵は私と公園のベンチに座りながら、香澄さんに泊まる旨のメールを打っている。泊まることになった経緯を簡単に説明すると、面倒なトラブルに巻き込まれて、映画を観られなかった代わりとして提案した。

「美幸さん、終わりました」

里恵が私に連絡を済ませたことを伝え、ベンチから立とうとした時、私のスマホが震えた。メールは香澄さんからで、『里恵のこと、頼むわよ。変なことしたら承知しないわよ!』と書かれていた。

(さすがに、そんなことしないよ!まぁ、あの人は里恵の親みたいな人だし、心配するのは当然よね)

香澄さんに『安心してください。もしもの時は。責任を持ちます』と返信し、里恵と公園を出た。移動中に何度かスマホが震えたが、確認しなくても送り主は分かっている。

(香澄さんからだな。今度、店に行った時、なんて説明しようか・・・)

しばらく歩き、途中、レンタル店に寄った。そこで新しい里恵の一面が知れた。里恵は最近のドラマや映画に詳しく、裏話など教えてくれた。レンタル店でDVDを借り、スーパーで料理の材料を購入した。それから一〇分ほど歩き、私の家に着いた。私の家は女性向けのアパートで、セキュリティが万全。ほとんどの人は働いており、仲の良い住人もいる。セキュリティを解除し、玄関前まで着き、鍵を開けた。

「はい、ここが私の部屋だよ」

「おじゃまします。きれいですね。感心します。」

「ありがとう。両親が厳しい人だったから、きれいにしているだけだよ」

「だとしても、すごいですよ。ここだけの話、香澄さんは こう見えても、結構だらしないですよ。私が香澄さんの家に住み始めた頃は かなり散らかっていましたし、洗濯や掃除はたまにしかやらないし、食事は弁当か外食と言っていました。そういうことで、いつも私が家事をしています」

「驚きだわ。あの人がそうだったなんて。でも、里恵は偉いね」

「それほどでも」

香澄さんの意外な一面も知れて、嬉しかった。香澄さんは、元キャリアウーマン と バツイチ 以外の事は不明言われるほど、謎が多き人だ。

(よくよく考えると、店で香澄さんが片付けをしている姿を見ないのは、そういうわけか。やはり謎が多き人だ)

「さて、お腹も空いてきたことだし、食事を作りましょうか」

「はい、頑張ります」

里恵と一緒に食事を作った。里恵は日頃から家事をしている事もあり、手際が良い。私は、香澄さんと同じ弁当か外食だ。だからといって、料理が出来ないわけではない。今までカレーや野菜炒めを作った事があるから、大丈夫。

「里恵は手際が良いね」

「褒められほどではないですよ」

「里恵がお嫁さんだったら、幸せ♪」

「・・・」

「あれっ、里恵」

返事が無かったので里恵のいる方を向くと、里恵は作業の手を止めて、顔を赤くしていた

「里恵、大丈夫?」

「あっ、すいません」

「どうしたの?大丈夫?」

「大丈夫です。香澄さんの夕食の事で考え事をしていました」

「たまには里恵がいなくても大丈夫じゃない」

「そうですね」

それから、料理を再開し、片付けを含め、一時間半後に完成した。メニューは、キノコと野菜の和風パスタ、海鮮マリネ、鶏肉のトマト煮 となっている。私が造ったのは、海鮮マリネだ。私は出来た料理をテーブルに運び、ワイングラスに白ワインを注いだ

「美味しそう。里恵の手料理が食べられるなんて」

「本当に美味しそうですね」

「では、里恵、乾杯」

「乾杯です」

お互い、ワインを一口飲み、目の前の料理を食べ始めた

「美幸さんのマリネ、美味しいです」

「ありがとう。里恵の作った鶏肉のトマト煮、トマトの酸味が効いていて、最高だよ」

お互いに料理を褒めあい、料理を堪能した

(里恵の手料理は絶品過ぎて、幸せ)

私が男だったら、嫁に欲しいくらい、里恵の腕は良い

「美幸さん、前々から一つお聞きしたい事がありまして」

「いいよ」

「はい、美幸さんが初めて私と会った時に、声を掛けた理由を教えてください。あの頃の私は、人に恐怖心を抱いており、失礼な振る舞いをしていたにも関わらず、声を掛けた理由が知りたいのです」

「なんというか、私と同じ感じがして、ほっとけなかった からかな。本当の里恵を見たかったからだね」

「本当の私ですか?」

「本当の自分を隠しているけど、本当の里恵は どういう子なのかな。昔の私と同じ可愛い一面も あるのかなと思って、声を掛けたんだ」

「そうだったんですか」

「一番の理由は私の妹に似ていたからだね。私の妹は私が一八歳の時に病気で亡くなってしまったの。幼い頃から、私に懐いて、いつも私の側にいたの。あの子が亡くなってから、心に穴が空いた感じがして、寂しかった。それから一〇年後に里恵と会った時に、妹と容姿が似ていて、一瞬 酔っていたからだと思ったけど、二度目の時は 本当の事だと気づいたわ。それからは、貴方に会いたくて、頻繁に来店したの」

「そうだったんですか」

「ゴメンね。暗い話をしてしまって。借りたDVDでも観ましょう」

「声を掛けてもらった時、嬉しかったです」

私が席を立った時、里恵が強い声で言った。

「美幸さんに声を掛けてもらって、嬉しかったです。最初は警戒していましたが、話を聞いている内に話に引き込まれていました。その後は『美幸さんと話をしていて、楽しいな。いっぱい 話したいな』と思うようになりました」

「里恵・・・」

里恵の その一言に私は嬉しくなった

「私は美幸さんのおかげで救われました。これからも、よろしくお願いします」

私は気がついたら、涙が出ていた

「里恵、ありがとう」

「美幸さん」

「あれっ、なんで涙が出ているのだろう。せっかく、映画の時に取っておこうと思ったのに」

「そうですね。早く観ましょうか」

それからとは言うものの、里恵の胸の中で泣き、落ち着いた後、DVDを観た。里恵が選んだ  DVDは『殺人の濡れ衣を着せられた彼女を救うために、彼氏一人で彼女の無実を証明する映画』だった。里恵の一押しらしく、五年前に放映されたものだ。私も観たことがある。ちなみに、彼氏役の人は私が好きだった俳優で、その頃の私は その俳優にメロメロだった映画を観終えた後は、その俳優の事で話が弾んだ。その頃の里恵もメロメロだったようで、その俳優が出演するドラマも何度も観ていた とか。そして、映画が放映された次の年に その俳優が結婚したことなど、盛り上がった。

(里恵も私と同じで元気な頃もあったんだな)

そんなこんな話していたら3時になっていた。里恵も眠そうにしており、そのまま寝てしまった。私は里恵を私のベッドに寝かせるために抱き上げた時、ある異変に気づいた里恵の服が少し捲れていて、脇腹に痣がある事に気づいた。

(何かにぶつけた跡かな。それにしては多いな)

そういえば、香澄さんから、里恵は両親との関係が悪くなって香澄さんの家に住むことになったと聞いた。まさか、里恵の両親が・・・。

(まさか、そんなはずはない とは思う。今は変な詮索しないでおこう)

里恵に毛布を掛け、私はリビングで寝ることにした。

「里恵・・・」

暗い中、横になりながら里恵の事を考えていた。里恵には悲しい過去がある。そして、香澄さんや私のおかげで救われた。里恵には悲しい顔をしてほしくない。

(どうすれば、良いのかな)

そう思った後、すぐに眠った




私が起きたのは九時前だった、里恵も同じタイミング起き始めた

「おはようございます、美幸さん。ベッドを貸していただき、ありがとうございます」

「里恵は客人なんだし、気にしないで」

「ありがとうございます。どうしたのですか、美幸さん?暗い顔をしていますが」

「単なる、二日酔いだよ」

「同じく、私もです」

 お互い、二日酔いということで笑いあった

「家の近くに美味しい朝食があるカフェにでも、行かない?」

「いいですね」

「その前にシャワーでも浴びてきてもいいよ。その間、片付けておくから」

「ありがとうございます」

そういって、里恵はシャワーを浴びにいった。里恵が戻って来るまで、片付けを済ませ、里恵の後に私もシャワーを浴び、身だしなみを整えて、家を出た。カフェは家から歩いてすぐのところで、六〇代の夫婦が経営している。私と里恵は、そこで朝食を食べ、昨日の待ち合わせ場所の近くの百貨店に行った。アクセサリー店やスイーツなどを楽しみ、今晩 シフトが入っているということで、その後里恵を見送った。

家に着いて、ベッドに横になってからも、痣のことが頭から離れなかった。 変に聞くのは良くない。本当に自分はどうするべきか。そう思いながら、残りの日曜日という休日を過ごした。



「でっ、何か言うことはあるかしら」

香澄さんは怒っていない様子で、重い一言を発した。

「いや~、なんで私は正座をしているのかな」

現在、私はバーの奥にある部屋で正座をしている。むしろ、させられている。

なぜ、正座させられているかというと、里恵と家で映画を楽しんだ次の日に香澄さんから、店に来るように言われて来たものの、香澄さんは里恵に、『美幸と二人きりで話したいので、お店の方はお願いね』と言って、私を従業員休憩室に連れていって、現在に至る。

なぜ、こうなったことは分かっている。香澄さんに送った『安心してください。もしもの時は、責任を持ちます』というメールの事だ

「でっ、あれはどういう意図で送ってきたのかしら」

「いや~、里恵に危険があった時は私が命がけで守りますという意味ですよ」

「ほ~、そう意味だったのか♪」

「そうですよ」

(早くこの状況を終わらせたい)

「黙らっしゃい!」

「すいません」

誤解を招くようなことを言った自分に香澄さんは今までにない怒りを見せた

(香澄さんがここまで怒るとは。いや、香澄さんがここまで怒るのは初めて見た)

「まったく、誤解を招くような事言わないでちょうだい!あなたがあの子に手を出さないと信じていたし、あの子からその時の話は聞いていたから、嘘ついていないことは分かっているわ」

(良かった・・・)

「もっと言いたいことはあるけど、あなたには感謝しているわ。里恵が言うにはナンパから助けてくれたんだって」

「はい、確かに」

「しかも、『私の里恵』と言ったんだって」

「あー、そんな事を言った気がしますね」

(あの時は勢いで言ってしまったが、今思い出すと恥ずかしい)

「あなた達二人はいつも仲良しだし」

(そうですよね。店内で人気の子と話すだけでなく、デートまでするのだから)

「まぁ、特に私からは何も言わないわ。ただ、あなたが里恵の事をそう思っていた事が分かった上で一つ忠告しておくわ。覚悟しなさい」

私は香澄さんからの忠告に驚いた。

「本当に覚悟しなさい。この先、険しく、そして辛い事が待ち受けているかもしれないわ」

「香澄さん・・・」

「私はあなたの事を信じているわ。いつか、あなたに里恵の事を話す時が来るわ」

(香澄さんが私の事をそう思っていたなんて)

「香澄さん、私・・・里恵を守ります!たとえ、辛い事が待ち受けていようと」

「よろしい。じゃあ、店内に戻るわよ。今晩は試作メニューを味わってもらうわよ」

「はい!楽しみにしていますよ」

(香澄さんも、里恵を心配している。香澄さんの期待を裏切らないようにしないと)

私と香澄さんは、従業員休憩室を出て、店内に戻り、すぐに里恵が声を掛けてきた

「美幸さんと香澄さん、何を話していたのですか?」

「里恵には、秘密よ♪」

香澄さんは里恵にそういって、別のお客さんのところに行った。

「今日の香澄さんはどうしたんですかね。そうですよね、美幸さん」

「そうだね、里恵」

たとえ、この先 困難が待ち受けていようと私は里恵を守ると強く心に決め、今日も里恵と楽しい時間を過ごした。

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