第一七話

二月一一日 午後三時


 里恵と結ばれてから四七日が経ち、カップルという今まで以上にお互いを意識した関係が続いている。一緒にショッピングに出かけたり里恵が私の家に泊まったりと、今まで以上に幸せに感じる。今はキスまでの関係で止まっているが、何事にも順序というものがあるのでお互い今の関係で満足している。

 今日から三日後は『バレンタインデー』の日。女性が男性へチョコレートをあげる日。特に男性にとっては落ち着かない日である。私の職場では部署ごとに女性社員がお金を出し合ってチョコレートを買って配っており、『同じ部署に所属する異性への感謝』という意味で渡している。それ以外に個人で渡す人もいるし、仲の良い女性社員同士でお菓子を交換したり、同僚の中には凝った手作りチョコを渡す人もいる。私の後輩も『バレンタインを制する者は異性を制する』という格言まで言う程に躍起になっている。そういう私はお菓子作りは得意だが市販の物を買い、部署の男性社員と仲の良い同僚へ渡している。

 今日は一日中、香澄さんの家で常連へのお菓子作りをしていた。毎年、二月の第二土曜日に常連同士のお菓子交換をしている。里恵が働く前は市販のお菓子で対応していたらしく、常連の半数以下の人数しか来なかった。しかし、今年は『里恵の手作り』だと知った常連全員が『なんとしてでも行く』・『彼氏に適当に都合付けて行く』という近年にない日になるのではないかと香澄さんは思ったようだ。渡すのはカップケーキで、当日の午前中から里恵と香澄さんが作る予定だったが二人だけに任せるのも大変だと思い、手伝うことにした。

 午後一時には必要分のカップケーキが完成し、今は箱に詰めて包装している

「美幸、ありがとうね。本当に助かったわ。まったく、里恵ったら人数のわりに手作りそれもカップケーキなんて」

「いやー、常連の皆さんにはいつもよくしてもらっているので、感謝の気持ちを込めて、手作りにしたのです」

「まぁ、いいじゃないですか。開店前に完成したんですから」

「まっ、開店前に間に合った事だし、良しとしようかしら」

(香澄さん、素直じゃないな~)

 今回のお菓子作りは里恵らしい考えだ。里恵の謙虚で素直なところは常連から好まれる理由の一つだ。香澄さんも里恵が手作りお菓子にすることは分かっていたはず。

 私も里恵から相談されていたので、事前に知っていた。最近は里恵を独占したくなったり、妬いたりする事がある。今回の相談された時に、『里恵の手作りお菓子をしたいな~』と冗談を言ったら、『ダメですよ、美幸さん。めっ!!』と言われた。里恵からそのような言葉が出て、余計にときめいてしまった。

「さて、お店の開店準備もあるから、先に行くわ。二人とも戸締りは頼んだわよ」

 香澄さんはカップケーキが詰まった箱を持って、家を出た。家に残った私と里恵はリビングで余ったカップケーキとお茶で休憩した。

「美幸さん、今日はお手伝いいただき、ありがとうございました」

「そんなことないよ、里恵。里恵の作ったお菓子だから、みんな喜ぶだろうね」

「喜んでくれたら何よりです」

 テーブルを挟みながら、お互い目を合わせているためか、沈黙が続きとても緊張する。そして沈黙を破ったのは里恵だった。

「美幸さんと結ばれてから一ヶ月が経ちましたね」

「そうだね。クリスマスに結ばれてから一カ月か・・・。あっという間に感じるね」

 一ケ月経っても、あの時の事は覚えている。公園でお互いの気持ちを打ち明け、お互い同じ気持ちであった事を祝うかのように雪が降ったあの時の事を。

「私自身、過去の辛い経験で人に対し恐怖感を持っていましたが、多くの方に支えられ、特に美幸さんにはナンパから救ってくださり、困った時に助けていただき。こんなに幸せな事はありませんでした。こんな私ですが、よろしくお願いします」

 私自身、里恵の過去を知った時は言葉が出なかった。しかし、里恵を嫌いにはならず、むしろこの子を守りたい気持ちが生まれた。『純粋で素直なこの子を守りたい』という心の奥からの強い思いが。

 里恵が私に感謝するように、私も里恵に感謝している。「私もだよ。両親を失って落ち込んでいた私を里恵や香澄さんたちに励まされたおかげで今日まで元気でいられた。だから、私も感謝してるよ」

 誰もが一人では生きていけない。誰かのおかげで自分が元気で生きていいける。誰かの存在のおかげで勇気が湧く。誰かと誰かが支えあって生きる。私と里恵の関係もそうである。

「なんか恥ずかしくなった・・・」

 気がついたら、里恵の手を握っていたことに気づき、手

で顔を隠した。

「恥ずかしがる美幸さんも可愛いです」

「もうー!!」

「ははっ。そろそろ時間なので行きましょうか」

「うん、行こう。その前に」

 私は椅子から立ち、里恵の横に行き、キスをした。

「美幸さん・・いつも不意にしてきますね」

「ごめんね」

「もう、二人っきりなら良いですけど、お店ではダメですよ!」

「分かりました」

 テーブルの上を片付け、防寒着を来て、今日もみんなが待つあの場所まで手をつないで向かった。

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信頼の百合の華 魚を食べる犬 @dog_eat_fish

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