#07 失恋サイン
01 バッテリー
「兄貴! おい、兄貴、起きろってば!」
肩をつかんで揺さぶられて、痛くて不快で、それで目が覚めた。ベッドサイドのハルタを、寝起きの機嫌の悪さのまま、思いっ切りにらんでやる。
「何だよ。おまえの声、うるさいんだよ」
「よく言うぜ。朝もけっこう耳元で呼んだのに、兄貴、全然起きなかったんだぞ。こんな時間まで寝やがって。さすがに寝すぎだっての」
「こんな時間?」
「十一時過ぎてんぞ。もうすぐ昼飯だから起こしてやったんだ」
「は? 十一時?」
言われてみれば確かに、電気をつけなくても部屋は明るくて、窓にのぞく外の景色は、太陽の光と黒い影のコントラストがまぶしい。あれは真っ昼間の日差しだ。
おれは体を起こした。寝坊するなんて、いつ以来だろう? それに、ずいぶんぐっすり眠っていた。夢を見たかどうか覚えていない。普段は、途切れがちな浅い夢の中で、ああでもないこうでもないと悩んで迷ってばかりなのに。
ハルタが妙に嬉しそうにニマニマしている。
「兄貴の寝顔、久々に見たぜ。超レアだと思ったから、デジカメで写真撮っといた」
「バカ、消せよ。誰にも見せるな」
「もう遅いっての! カイリに見せたら、かわいいっつってたぜ」
「み、見せたのかよ? しかも、かわいいって何だよ!」
「だって、かわいいじゃん、兄貴。化粧してる女子より、まつげ長いもんな!」
「黙れ、この野郎! 写真、今すぐ削除しろ!」
ハルタにつかみ掛かろうとしたけど、運動能力でおれが勝てるわけもない。身軽に逃げ出したハルタは、後ろ手に隠していたデジカメを出して、画面をおれに向けた。おれの寝顔が表示されている。最悪だ。
「この写真見せたら、絶対、かあちゃんが喜ぶぜ。倒れるんじゃなく、普通に寝てる兄貴の顔、最近ほんとレアだし」
「消せって言ってんだよ! 寝顔なんか、人に見せるもんでもないだろ!」
「兄貴、冷たーい。家族なんだからいいじゃねぇか」
「カイリにも見せたくせに」
「起こしたのに起きなかったっていう証拠写真だったんだよ。おれとカイリ、朝から港に行ってきたんだ。兄貴は珍しく熟睡してたから、それ以上、声掛けなかったんだけど」
「港? そういえば、釣りに行くって言ってたな」
ハルタはデジカメのスイッチをオフにしながら、開けっ放しのドアのほうを指差した。
「とにかく、そろそろ昼飯だから、着替えて下りてこいよ。あんまり寝すぎると、それはそれでカイリが心配するからな」
「カイリカイリって、おまえ、さっきからしつこくないか?」
「あ、バレたか。だってさ、兄貴とカイリ、ちょっといい雰囲気じゃねえ?」
「はぁ? ふざけてんのか?」
「ふざけてねぇよ。兄貴が女子とまともにしゃべるとこ、珍しいだろ。最近はチナミとも全然しゃべんねぇし。チナミがさ、ユリくんに避けられてるかもーとか言ってたぜ。避けてんのか?」
「別に、そういうわけじゃない」
「ふぅん。まあ、とにかく、すぐ飯だから、さっさと来いよ。どーせ兄貴は、パジャマのままじゃ部屋から出たくねぇとかゴネるんだろうし、おれ、先に行くからな。腹、減ったしさ」
「ああ、先に行ってろ」
ハルタを見送って、おれはベッドから下りながら、昨日の夜の記憶をたどった。
カイリと一緒にベランダから屋根に上って、星を見ながら話をした。将来の夢、好きなもの、正直な気持ち。歌が好きだと、カイリが言ったところまでは覚えている。カイリの歌を聴いたことも覚えている。静かで透き通った子守唄みたいな曲だった。
あの後、どうしたっけ?
そこで記憶が途切れている。おれはいつ屋根から下りたんだろう?
兄貴、早く来い、とハルタがしつこくおれを呼んでいる。階下から魚を焼く匂いがする。ひどく喉が渇いていることに気付いた。十一時過ぎまで寝ていれば、当然か。
おれは着替えて、手早く髪を直してから、一階の台所へ下りた。
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