第12話
両手に大剣を持って、ユウはアプサラスの真正面に立っていた。それを感知しているのかいないのか、流体型アプサラスは真っ直ぐに伸長を続けていた。
ユウは両手を下げたまま構えらしい構えを取ることなく、アプサラスの到来を待つ。
10メートルだった両者の間合いが5メートルになり、3メートル、2メートルと、あっという間に距離が縮まっていく。
そして、彼我の距離が1メートル半――ユウのリーチを下回った瞬間、二振りの黒の大剣が舞い踊った。
斬り裂き、打ち払い、刺し貫く。
振り抜かれる二本の刀身は、時に滑らかに黄の塊へと切創を刻み、時に荒々しく黄の細胞を抉り飛ばす。
そうした多彩な攻撃の数々は、一つとして同じ軌道を辿るものがないかのように、押し寄せる流体型アプサラスをまんべんなく切り刻んでいく。その様相たるや、斬りと突きという線と点を組み上げて作られた、面の斬撃。
近付く黄の細胞は無数の斬撃が織りなすその境界面を超えた瞬間、突風に砕かれる波頭のように、千々に刻まれて四散していく。
この斬撃の障壁とでも言うべき人間離れした絶技は、一振りごとに攻撃の性質を微調整し、偏りが出ないように正確無比な攻撃を均質に分散させ、それを一切の誤差なく超高速で繰り出し続けるという超技巧の結晶であった。
これこそがユウが別格のエースアクターたる証明であり、未知のアプサラスを相手に3時間の足止めを宣言した根拠であった。
こうして流体型アプサラスの進行は、食い止められたかのように見えた。
不均一なリズムで鈍い音が鳴る。その音の発生源は、一瞬も止まらずに大剣を振り続けるユウの真下、ひっきりなしに踏み替えられるブラックメイルの足が鳴らす足音だった。
いかなブラックメイルとはいえ、ただひらすらに腕だけで剣を振っていては、全ての攻撃に必殺の威力を持たせることは出来ない。だからこそユウは、鋭い一撃を繰り出し続けられるよう、舞踏のごとくステップを踏み続けていた。
だが、ユウが流体型アプサラスを止めるべく斬撃の障壁という絶技を展開してからわずか1分。
ズザッ、という不吉な異音が鈍い足音を割るように鳴った。
それはブラックメイルが半歩後退した音。
続けて一度、さらに一度と、靴底が地面を擦る音が生じる。アプサラスを完封していたかに見えたユウが、ほんの少しずつながらも後退を強いられていることの証左だった。
原因は実にシンプルにして最悪。アプサラスの再生がユウの攻撃を上回っている、というただそれだけ。
しかし、そうと分かったところでユウのすることは変わらない。
じりじりと押し込まれる嫌な感覚を味わいながら、ユウはなおも斬撃を繰り出し続けた。
◆ ◆ ◆
目にも止まらぬ剣の嵐と、それをも圧倒する巨大アプサラスの侵攻。
今まさに繰り広げられる別格の戦いを目の前に、アスカはただただ立ち尽くしていた。というより、立ち尽くす他なかった。
仮にアスカが攻撃に加わったところで、全く役に立てない。考えうる限りで最高の働きが出来たとして、それによって戦況が好転することはまずない。そんな直感がアスカの動きを封じていた。
そんなただ戦況を見守るしかなくなったアスカの耳に、無線越しの声が流れてきた。
それは理知的な響きを伴った、至って冷静な声だった。
『どうだ、ユウ。持ちこたえられそうか?』
しかし、ユウからの返事はすぐには返ってこなかった。
そこでアスカはふと思い至る。ユウは今まさに流体型アプサラスを押し留めんと目の前で剣を振るい続けている。普通に考えて、そんな状態の人にまともな返事ができるはずがない。
「あ、あのドクター! ユウさんは今――」
だが、アスカの言葉を遮って聞こえてきたのは相も変わらず淡々としたユウの声だった。
『想定より押されてはいるが、足止めならば問題ない程度だ』
そして返事をする間も、金の外骨格のブラックメイルはわずかも動きを鈍らせはしなかった。
「え……あの、しゃ、べれる……?」
『……特注だからな』『ああ、特注品なのさ』
続けざまに答える二人に妙なものを感じながら、そういうものなのかと、アスカは自分を納得させた。
『それより、たかだか3時間の足止めで何をする気だ?』
『司令棟の奴らには腹案があるそうだ。まあどこまでやれるのか、怪しいもんだがな』
「怪しいんですか?」
『ああ、正直私もこの規模は想定していなかったし、過去のデータからしても規格外のサイズだと言えるな。正規のブラックメイルじゃ相手にならなくて当然だ』
ドクターの語る言葉にはいくつか引っかかりを感じたが、それは今聞くべきことではないと判断し、アスカは考えを切り替える。
「つまり、今倒した方がいいってことですよね」
『ああ、倒せるならな。何か考えがあるのかな?』
アスカはその場に立ったまま、すうっと目を細める。
「少し、考えてみます」
イエローフラッド終末予測 逃ゲ水 @nige-mizu
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