第3話
どこまでも広がるような開けた土地に、ぽつぽつと置き去りにされた建造物が建ち並ぶ。鉄筋コンクリートの頑丈なビルもあれば、廃材を寄せ集めたようなバラックもある。
だがある線を超えると、もうどんな建造物も存在しない。あるのは一面の黄色、『黄の海』の領域だ。
波打ち際と称されるその線は、人類の生息域の限界でもあった。というのも、『黄の海』は触れたもの全てを破壊してしまうからだった。
破壊と言っても、それは激しさや力強さとは無縁な現象だ。アメーバ様に変化した細胞が微細な隙間に侵入する、ただそれだけ。それだけの現象が街を粉々にして飲み込み、数多の生物を死に至らしめた。
もちろんそれは人も例外ではない。
今も波打ち際に建つ建造物が『黄の海』に飲み込まれようとしていた。二階建ての古びたアパートは中程までを黄色い細胞に覆われ、溶かされるように輪郭を崩壊させていく。
その様子を、アスカはぼうっと眺めていた。そんなアスカの状態を見抜いてか、ヘルメット内のスピーカーから声が流れてきた。
『目視でも周囲の安全は確認できたが、気は抜くなよ』
「は、はい! すみません!」
アスカが答えながら振り返ると、声の主――金の外骨格を備えたブラックメイルは装甲車の屋根に立ち、辺りを見渡していた。その凛とした立ち姿は一枚の絵のように様になっていて、今しがたの注意を忘れそうなほどだった。
そんなユウはもう一度周囲を確認すると、屋根の端へと腰掛けた。続けて電波越しに声が飛んでくる。
『上の指揮系統が何やら揉めている。屋根の上で待機するぞ』
「はい、了解です」
司令部の人達も大変だなぁなんて思いながら、アスカは言われた通りに装甲車に飛び乗る。
装甲車の車高は二メートル近いが、平均的な成人男性の十倍ものパワーを発揮するパワードスーツ『ブラックメイル』にかかればちょっとした段差程度でしかない。易々と飛び上がり、衝撃をなるべく抑えながら着地した。
と、着地を決めたところでこちらを向いていたユウと目が合った。どうやら一部始終を見られていたらしい。
「……えーっと、何か問題でも?」
『いや、優秀とは言わないが及第点には達している』
「そ、そうですか……」
目の前に広がる平野。だが今見えている範囲には大小様々な建物や、青々と葉を茂らせる木々、さらに奥には黒く巨大な建造物、重層都市セチエも見える。人類の大敵である黄色は視界の中にはひとかけらも見当たらない。
つまり、こちら側は安全な方角だ。
(まあ、実戦経験もない新人にそう簡単に背中を預けたりしないよね……)
とアスカは小さくため息を吐いた。
しかし、当然と言えば当然の話だ。人体の構造上背後が死角になるという理由に加え、ブラックメイルの背面には唯一装着者が外界と接する通気口がある。塞がれれば遠からず窒息するし、『黄の海』の細胞ならばフィルターがあっても短時間で装着者自身にまで到達する。
訓練校でもしつこく叩き込まれた『背を見せるな』というのは、つまりそれだけの急所だということで。そんなものを訓練校卒業したての新人に預けられるかと言われれば、アスカでも無理だ。
「……まあ、背中を預けてもらえるようになるまで頑張るしかないよね」
と、アスカは呟いた。
『確かに、そうなってもらえれば俺も楽だがな』
……あれ。
「あれ? あ!! 今の聞こえちゃってました!?」
慌てて声を上げるアスカ。答えるユウは平坦な声に少しばかり呆れがにじんでいた。
『ああ、さっきのため息もだ。聞かれたくなかったら言わないようにしろ。それと』
はい、と答えかけてアスカは止まった。
「それと?」
『部屋でも言いかけたが、俺の仕事は通常のものとは違う。俺の背中を預かれるとは思わない方がいい』
「え……っと、それって」
どういう、と聞こうとしたアスカを、しかしユウの声は遮った。
『ちょっと待て、司令部からだ』
そして沈黙すること三十秒。ユウはもうそれまでのことなど忘れたかのように、淡々と指示を告げた。
『行くぞ。俺の後ろをついてこい。到着後は先に話した通りだ。では、任務開始だ』
「……了解です!」
アスカはそう答えるしかなかった。
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