第6話
「さて、今の感想は?」
ジャージ姿のトウカが、同じくジャージ姿のアスカへと問い掛ける。服装こそ同じだったが、仮想アプサラスを二度の突撃で仕留めたトウカは涼しい顔で平然としているのに対し、延々と泥仕合を繰り広げていたアスカは汗だくで息も絶え絶えといった様子だった。
「やっぱり、トウカさんみたい、には、なれませんね……」
「そりゃそうだ。お前は私じゃない」
あまりにも当たり前のことを言うトウカに、アスカは思わず笑ってしまう。
「はは、それはそうですけど」
「ああ、誰かに憧れるのは勝手だが、そいつと自分は別人なんだってのは忘れるなよ。それで――」
そこで一旦言葉を切ると、トウカはほうっと息を吐き出した。そしてハスキーな声で続く言葉が紡がれる。
「それで、お前はなんで強くなりたいんだ?」
「なんでって……」
思わず言いよどむアスカに、トウカはいやいやと手を振って続ける。
「別に強くなりたいってのを否定するわけじゃあない。突き詰めれば、私ら
「広すぎる?」
アスカがおうむ返しに問い返すと、ああ、とトウカは頷く。
「目的地というのは明確であればあるほどいい。おいしいものを食べたいって言われるより、おいしいスイーツを食べたいって言われた方が案内しやすいだろ? それと同じで、目指す強さの方向性を決めておいた方が、早く無駄なく強くなれるってわけだ」
その説明にアスカはなるほどと呟く。確かに重層都市セチエにあるおいしいお店は何十軒もあるだろうが、スイーツ系でとなれば両手の指に収まるくらいにはなる。同じように、目指す強さを絞り込めれば自ずとそこへ至る道筋が見えてくる、ということなのだろう。
そこまでは理解したアスカだったが、しかしまたうーんと考え込んでしまう。
アスカは去年一年間で、人の何倍も努力しトウカに付きっきりで教えてもらって及第点レベルの実力まで成長した。だがそれは、それだけ努力しても及第点までしか辿り着けないほどに戦闘センスに欠けていることの裏返しでもある。そんなアスカでは、そもそもどういう風に強くなりたいかと言われても、いまいちどういう方向性があるのかも掴み切れないのだ。言うなれば、注文したいのに手元にメニューがないような状態に近い。
「えーっと、その方向性というか、どの方向を目指したいのかが分からなくて……」
アスカ自身、言っていて呆れそうになる物言いだったが、しかしそれはトウカの想定の範囲内だったらしい。
「じゃあアプローチを変えるか。お前にそこまで強くなりたいと思わせた原因は何だ?」
「え、えぇ……それ言わなきゃダメですか?」
「ああ、強くなりたいならな。まあ、何、そんなに気にすることもない。カウンセリングか何かだと思って気安く吐き出していけばいいさ」
心の中でもう一度、えぇ……と言いながら、アスカは考える。
原因。それはもうわざわざ思い出さなくてもいいくらいに明白だ。
何もできない自分への苛立ちにも似た無力感と、そんな自分を助けさせてしまった申し訳なさ。だから、この現状を変えるために、強くなりたい。
そんな血を吐くような告白を決心し、口を開こうとした瞬間、その出鼻を挫くようにトウカはサラッと言い放った。
「まあ、初陣でダメダメだったからもっと強くなりたいってのは省略してもいいぞ?」
「なっ……知ってたんですか!?」
思わず立ち上がりかけるアスカを手で制しながら、トウカはいたずらっぽく笑ってみせた。
「いいや、別に知ってたわけじゃない。けど、簡単に予想できることだ。程度の差こそあれ、ほとんどの装着者が通る道だからな。もちろん私だって例外じゃないし」
そこまで言ってから、トウカは表情を真剣なものに戻して続けた。
「ただ、そこまでで半分だ。どうしてそこから強くなりたいという結論に至ったのかが重要なんだよ」
「どうして……?」
ダメだったから、強くなりたい。それはアスカには当然の思考の流れだと思えた。だが、トウカは違うと言うのだろうか。
「そうだな、言うなれば初陣の経験ってのはトリガーでしかないのさ。だからこそ原因の半分なわけだ。そして残りの半分は、ずっと前、多分アスカがこの道を志した頃からあるものだろう。……ま、ゆっくり考えてみろ」
それが次までの宿題な、と付け加えて言うなりトウカは立ち上がった。その背にお礼を言いながら、アスカは早速考え始めていた。
どうして自分が強くなりたいと思ったのかを。
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