大正モダンの東京にて。その書生の目には、この世ならぬ者の想いが映る。

大正期、モダンな街並みを整えつつも、江戸の名残を留めた東京。
大学進学のため上京した境涼太郎は、生物学教授の書生となった。
教授の愛娘、吉野弥生は早々に涼太郎の元気のなさに気が付いた。
涼太郎の目には、実は、見えないはずのものたちが映るのだった。

死してなおこの世に留まる者たちはどんな思いを抱えているのか。
忠実な愛犬、黒衣の少年、清楚な少女と、さまざまな者たちが
涼太郎の目の前に現れ、それぞれの思いを託した花を咲かせる。
この世とあの世の境は曖昧で、在るべき形が少し違うだけなのだ。

涼太郎の周囲に集まる怪異は、死者によるものばかりではなく、
生者の心が起こす力であったり、はたまた優しい妖であったり。
ホラーとはいえ怖さもおぞましさもなく、ただ、そっと物悲しい。
涼太郎が東京で過ごす1年間を経て、弥生との距離は縮まるのか。

作品を形作る文体と雰囲気が、憧れるほどに本当に美しい。
戦前の文学作品を彷彿とさせる言葉遣いでありながら自然体。
すっと染み入ってくるような何とも言えない心地よさで、
ああ、ずっとこの作品世界に浸っていたいな、と思った。

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