葛藤せよ。何から逃げても、自分からは逃げられない。

もどかしくて悔しい。
焼け付くようなこの思いを、これほど強烈に追体験する読書は久しぶりだ。

同性愛者である純は「普通」とは何かを問い、探し続ける。
たどり着く答えは、自己否定。
自分が属さないもの、自分に属さないものが「普通」である、と。
半ば諦めながらも「普通」になろうと試み、何度も事実を突き付けられる。

僕は「普通」になり得ない。

ねえ、待ってよ。
何で君は「普通」でありたい?
何で押しつぶされてるの?
マジョリティがそんなに偉い?

私は同性愛者ではなく、異性愛者であるとも断言できない。
全ての人を憎んだ時期があって、求めてくれるなら誰でもいい時期があった。
確信していることがある。
私も「普通」にはなり得ない。

同性愛者を気持ち悪いと言う風潮が理解できない。
子どもを作りたいという「普通」の願望を持てない。
人前でプレゼンするのは得意なのに、会話ができない。
饒舌な小説を書けても、コミュニケーションの言葉が出てこない。

マイノリティという括り方をするなら、私も純と同じ側にいる。
でも、同性愛者という種類のマイノリティ特有の悩みはないし、
それに基づく偏見に晒された経験も無論ないから、
彼に共感できるところはあっても、彼と同調したとは言えない。

妻子ある男性を彼氏にし、同級生の女子と付き合う。
同性愛者として不倫をし、異性愛者という嘘をつく。
どんどん捻じれて追い詰められていく純を、
「ホモはキモイ」「BLは崇高」、周囲の声が更に混乱させる。
畳みかけるように、信頼するネット越しの友人から悲報が届く。
親に、友達に、世間に、純は全て隠し通さなければならないのに。

もどかしくて悔しい。
「普通」じゃなかったら、生まれてきた意味がないのか。
生きている価値がないのか。
死へと追い立てられねばならないほど、存在すること自体が罪悪なのか。

私も、「普通」になれないことを悩み続けて生きてきた。
「普通」のことを当たり前にできない苦しみは、説明できない。
だってそんなふうに生まれついたんだから。
理解してもらいたくて言葉を尽くしても尽くしても尽くしても、

「何でできないの?」

その一言で、全部の努力が無意味だったと悟る。
自分の存在を丸ごと否定されて、どうでもよくなる。
いずれ強かになれるかと、時間の流れに望みをかけていたけど、
案外そういうものでもないらしい。

マイノリティの葛藤を描く本作に対して「勉強になりました」とか、
そんなお上品でごもっともな感想を口にするつもりはない。
マイノリティへの保護や同調こそ「カッコいい」という、
最近流行りのマジョリティの風潮があんまり好きじゃない。

「普通」になれないひねくれ者らしく、
変な方向から、本作を拝読した感想をまとめてみる。

歴史小説の編集者に力説された。
「史実は真実を伝えない。小説こそが真実を描き出す」

点として残された史料だけで研究を進めても、
かつて生きて死んだ人間の人生を描くことはできないが、
彼がなぜ生きて戦って命を捧げたかを想像し、創造して書かれた
小説の中にならば、彼の人生の真実を描き出すことができる。
歴史研究と歴史小説は違う。
命の真実、人生の真実は、主観的な信念と感情のある場所にしか描けない。

同じことを、舞台を現代に敷衍して述べよう。

同性愛者を始めとするマイノリティが己を押し殺して生きる事実は、
そのあたりにだって転がっていて、暴き立てることは容易だろう。
ただし、それを為したところで、彼らの真実が誰に届くだろうか。
本作『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』の中には、
もどかしくて苦しい日々を生きる同性愛者の少年の真実が、
痛々しくも確かに、克明に描き出されている。

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