第9話 SUMMER night mare
水辺に光りが反射する。淡いひかりのプリズムは、眠い目を無理矢理にでも後押しさせ、俺を起こす。電車のドアにもたれ掛かったままの通勤の約一時間の道のりは、考え事であっという間に過ぎていく。夢なのか? 運命なのか? 決められた道は曲げることは出来ないのだろうか?
この夏は、どうなっているんだろう。この泡沫の数日間は頭がおかしくなりそうだった。
*****
この日は朝から三十度超え。暑さで頭の先から足の先まで、全身が茹だる。やる気も無くす。あ〜、それはいつもだ。うん、まあ、勘違いだ。でもな、そう思うんだよ。俺。こうやって言い聞かせるのはガキの頃からずっとやってきた事で、今に始まったことじゃない。
夏の暑さは陽炎を生む。長く伸びる坂道は揺らめく。ああ、暑い。エアコンの効いた部屋で氷が浮かんだアイスコーヒーを片手に何をする訳でもなく、ソファーに腰を下ろして音楽に合わせ身体でも揺らしていたいよ。願望すらも暑苦しい始末。もういい…… 早く到着して、せめてジャケットを脱いで冷えた麦茶を一気に流し込みたい。囁かでいいんだよ、囁かで。
夏祭りか――
この数年。情けないが行ったこともなかったな。あの時からシュウは、お袋と親父に任せて、俺は必死で仕事に打ち込んできた。みすぼらしい生活だけはさせたくなかったんだ。寂しい思いをさせているって分かっていたのに。夏休みといっても、正直、休みなど無いに等しい。夏期講習に、進路指導だと、休みは本当に無かったんだ。誰だよ…… 教師は休みが多いなんて言った奴は…… ウソツキ! ってまあ理解なんて出来ないよな……普通は。
あの時の『夏祭りに行きたい』の言葉。
普通なら、理解なんて出来やしねえよ。
誰にも。きっと。
藍色の空に遠く、飛行機の音。もうすぐ夏休みが終わる。この想いも。この夢のような出来事も。
玄関の扉を開ける。外の温度に拍車をかける、蒸し風呂のような廊下。部屋の奥から廊下に向かって伸びる明かりが、まるで俺に手招きをするようだ。よろよろと絡まる千鳥足。帰り道のサンゴウ缶の発泡酒が効いたのか? そこを開ければ涼しい楽園が待っているんだろう? 俺は勢いよく扉を開け、余力を全て使い、満面の笑みを作り声を上げた。
「ただい…… ま……」
『あ…… カズちゃん! プリン…… 混ざっちゃう…… あ~ あ〜』
手土産に持っていたコンビニのプリンの袋が手から滑り落ち、プリンがカラメルを混ぜるように転がる。
「なにやってんだ…… このクソ暑いのに……」
『コレなら敷地から出られるかなって…… やっぱりダメかな?』
俺が文化祭の催し物で着る予定だった、うさぎの着ぐるみに身を包んだユウが照れ笑いをして座っていた。
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