第8話 馬鹿ほど怖いものは無い。
愚か者は無分別で何をしでかすか分からない。これほど恐ろしいものはないな。
「なにしてんだ…… お前らは………」
ソファーに行儀良く座る紳士サラリーマンと、扇風機の前で風にそよがれたユウを目のあたりにした俺は呆れた目を向ける。
「え? なにって、ゲーム? ……らって何?」
シュウはゲームをする手を一旦止め驚いた顔を上げ、俺を見る。ゲームの音が静かな部屋に響き、エドワードが大きなあくびをする。次にぐしゃぐしゃと咀嚼音と男の叫び声がし、ゲームオーバーの文字がテレビ画面に赤く映った。俺の姿こそ「何やってんだ?」だと思ったよ。
「あ〜 死んじゃった……」
シュウが画面を見て笑い、俺の手からアイスをひとつ取り袋を開け、ひとくち食べる。
「冷たくておいひい~! 溶けちゃうよ? お父さんも早く食べれば?」
何かを汲み取ったシュウはいつも冷静で、大人の俺が尻込みする時がある。
「嫌な事でも言われたの? このシュウお兄さんにすべて話してごらんなさい! 受け止めてあげよう!」
満面の笑みを浮かべたシュウのその言葉に呆気に取られリビングの椅子を引き座る。アイスの袋を雑に開け、木の棒を引き抜くと木の棒だけが抜けた。それをふたりでしばらくの間、静かに見つめる。微妙な生ぬるい変な空気がリビングに漂い、壁の鳩時計の針の音が耳に残る。どちらからでもなく顔を見合わせてふたりで吹き出し笑い出した。
「ごめんな…… ちょっと疲れてるのかもだな! 風呂入って寝たら元に戻るさ! ……あ〜 これ冷凍庫で冷やして後で食うかな?」
半笑いで袋を左右に揺らしながら俺は立ち上がろうと椅子を鳴らす。それを遮るようにシュウが俺を黙って見ていた。
「ねえ! それ! ……アイス!」
「ん?」
「それ、アタリ棒だ! やったじゃ〜ん!」
シュウのおかげで今の俺は生かされてる。そう思わずには居られなかった。
アイスを冷凍庫に入れ、風呂に真っ直ぐに向かう。汗とホコリで汚れた身体を少し熱めのシャワーで流す。バスルームから出て髪をタオルで拭きながら冷蔵庫を開け物色していると、すぐ傍に視線を感じた。
『ねえ…… まだ無視するの?』
「……うるさい!」
『聞こえてるんじゃない!』
「……うるさい!」
『どうして怒ってるのよ?』
「……誰のせいだよ」
最後の、その台詞に言葉に詰まり、彼女を見て缶ビールを手に冷蔵庫を力いっぱい閉めた。
『やな事でもあったの? ……おしごと?』
その何気ない言葉に。呆気ない程に。目頭が熱くなる。生前、ユウが俺が元気ないと必ず言う言葉だった。
『何よ? 言い返さないの?』
片目をぎゅうっと閉じ、怒られる前の子供のように、少し体勢を低くした彼女が俺を仰ぎ見た。
「言い返す言葉が見つからない……」
油断したように涙が床にこぼれ落ち、それを見た彼女はおろおろとし、溜め息を吐いたかと思うとその場にふんわりと足を崩した正座をした。
『なんなのよ! なんで泣いてるのよ…… 拍子抜けしちゃうじゃない!』
「……ごめん」
『謝らないでよ! 余計に調子狂っちゃうから…… そういうのやめてくれる?』
「なんでオマエ此処に居るの? 何をしに此処に居座るの?」
『ねえアタシってさ…… 聞いてもいい? アタシって本当に死んじゃったの?』
「……ああ、でもオマエ若いのよ…… ホント!」
『……なにそれ?』
「さあな……」
緩くなる空気に耐え切れなくて彼女は不信感丸出しで不機嫌な言葉を紡いでいく。俺はそれがおかしくて、わざとはぐらかしてみた。
「夏だな……」
『いまさら何を言ってるのよ?』
「なあ〜 なにかしたい事や食べたい物とかあるか?」
『ん~ 食べたいもの、したいこと? ……お祭り? あと花火でしょ…… それから綿菓子と焼きとうもろこし?』
「なるほど、祭りか…… 行きたいか?」
『……え?』
「河川敷には行けないけど、近所の公園の祭りなら行けるだろ?」
『アタシさ…… この敷地から出られないみたいなのよね~』
「へ? マジか!」
『薄々ね、おかしいなって思ってたの……』
「……おお~!」
『おお~! じゃないわよ! こっちは真剣なんだからね! ……って何笑ってるのよ!』
彼女はやっぱりユウだ。学生の頃から変わらない仕草がある。きっと本人も気がついてないんだろうな? 思わず笑みがこぼれたよ。
やっぱり河川敷には連れて行けねえか……俺すらも流石に呆れる言葉だったよ。ご都合主義だよな。そんなに世の中、上手くいかねえのな。
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