第3話 訪問者。
廊下は薄暗く、リビングの太陽の光が扉の僅かな隙間から玄関に向かって光をのばす。真夏の廊下は嘘のようにひんやりとしていた。
「今のなんだったの? カズちゃんって、そんな呼び方…… 久しぶりにされたな。いつ以来かな……」
ふと、そう思い何気なく寝室を振り返り見るとベッドの上で仰向けで鼻を鳴らし、だらしがなく眠るエドワードが耳を何度かピクピクと動かした。主人の父親がピンチの時にお前、傍に居たか? それともなにか? オマエも金縛りで同じく動けなかったのか? だから助けに来れなかったのか? 人の俺でもあれだけ辛かったんだ、犬のオマエだと、さぞや苦しかっただろう。 そう思うと優雅に寝ているエドワードが憎たらしい程に可愛く見え、徐ろに耳に息を吹きかけ「こんなことの後にもオマエは呑気なもんだよ!」と呆れ気味に笑い、完全に止まった洗濯機の洗濯物を取りに行った。
夕方になり、部活から帰ってきた息子に、あの不思議な話を必死で手振り身振りをくわえて話す。飯を口いっぱいに頬張り俺の話をしばらく黙って聞いていたが、『オバケ』『幽霊』『妖怪』という言葉に、鳩が豆鉄砲をくらった顔をしてモゴモゴと何かを話す。
「なにそれ? 夢でも見てたんじゃないの?」と、若干自信はないがそう聞こえた俺は、
「まあ、そうかもな…… うとうとしてたし、錯覚とかかも知れん」
そう言って俺はジャガイモとベーコンの炒め物を小皿によそい息子に手渡した。
「そう言えばさ……」
息子は箸で、ジャガイモを掴み口に運ぼうとして一度手を止める。思い出した様に少し考え天井を見上げ、今度はとても聞き取りやすい言葉でふたたび喋り出した。
「夏休み前日に、うちの学校の近所のビルで飛び降り自殺があったらしいよ〜」
「〇〇建設ってあの大きなビルか?」
「うん。らしいよ? なんか……落ち方がヤバかったらしくて、ぐっちゃぐちゃで顔も認識できないくらいだったみたいだけど。遺書が屋上に置いてあったみたいでさ……」
「うげっ! メシ中だぞ……」
「ああ…… ごめんごめん。まあ、でもよくある話だからね?」
「……シュウ。おまえ、結構冷静だな?」
「だって俺には関係なくね?」
「まあ…… それはそうだけどさ……」
これはいつもの事で、何気ない会話でもコミュニケーションを取れている事に心の隅で妙に俺は、ホッとしていた。高校生の男の子は扱いを間違うと大変なことになるわよ? と、実家の祖母と兄嫁に言われていた。そして、片親だってのも合ってか腫れ物に触るように気を使ってはいた。まあ、そうは見えなく接するのが俺の特徴でもあり、きっと気が付かれてはいないだろうと思いたい。
でも、それでも俺は幸せだった。日毎にアイツに似ていく息子をこうやって見守っていける事が、なによりも幸せだった。
全ての用事を片付け、深夜に風呂に入る。汗を流しスッキリした俺は冷蔵庫から発泡酒ではなくビールを出す。風呂上がりの熱く火照った身体に一日の御褒美にと自分に与える唯一のリラックスタイムだ。
月の明かりがリビングに入り込み、少しだけ風が部屋に入るとホッとひと息ついた。その時だ、リビングに人の気配を感じる。シュウがまだ起きているのかと思ったが、そうじゃなかった。辺りを見渡しエドワードが居ない事を確認する。エドワードがリビングに居ないのはシュウが眠った証拠。じゃ、誰だよ?
キッチンからこそこそと様子を伺うがよく見えない。月明かりがリビングの椅子に淡くぼやけた光をスポットライトを当てるようにあてると、そこには何かが不思議な影を作る。俺は手で目を擦り薄目で、その場を凝視する。ぼやけた場所にゆっくりと何かが白くカタチを作っていく。
すると、どうだろう、きちんとした身なりの紳士がリビングの椅子に座り、薄ら笑いでこちらを見ていた。
『そこにいるの、こちらからだと丸見えですよ?』
「なななな! おおおおおまえ! 何処から入った!」
『私、泥棒とか強盗とかの類じゃございませんよ……』
「んんんんな事は聞いてねえよ! 何処から入ってきた?」
『それはそんなにも重要な事でしょうか? ……此処8階でしょ? ベランダからってのも、おかしな話でしょ?』
「ててててっ事は…… 玄関から堂々と?」
『ええ、息子さんと一緒に玄関からですよ? とても素直で優しい良い子です…… 食事の時のあの言葉さえなければね……』
「息子と一緒…… に?」
その言葉は背中をゾクゾクとさせ俺は眉をよせる。そして昼間に感じたあの冷たさを思い出させた。こいつも人間じゃねえ……と。
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