第6話 真実とはなんだ? 偽りとはなんだ?

 季節は過ぎ去っていくのね―――


 描いたのは貴方との幸せだった。アタシはあの日のまま止まったままで。アタシはずっとずっとひとりだったの。アタシひとりが変わらないの……



 大きな音を立てて、アタシの前に飛び込んで来た一台の大きなワゴン車。一瞬だった。逃げる事も考えることも何も出来なかった。運命なんて残酷ね。

 神様なんて居ないのね? そうなのよね?


 目を閉じて次に目を開けた時には貴方が笑っていて欲しい。

 それだけでいいのに…… ただ、それだけでいいのにね。


―――それは叶わないの?



 *****



「オマエはいったい全体!! ……ホントになにやってんだよ!」

 俺は笑えなかった。もう、なにもかも理解していたからだ。玄関で靴を無造作に脱ぎ足早に廊下を歩く、ネクタイを片手で緩め、スーパーの袋をキッチンに雑に置く。


 彼女は ――ユウだ。

 学生時代の姿で現れた彼女だ。そして俺の愛した女だ。


 ゆっくりと長い睫毛を揺らし目を開け、彼女はとてもあどけない笑顔で笑う。


『……あなた、本当にバカね?』


 どうとでも言えばいいさ。俺は彼女の腕を掴もうと手を伸ばす。彼女は眉根を寄せ、悲しげな顔をして後ずさりをした。


『煽らないでよ! どうせ触れれはしないわ! たとえ触れられたとしても訴えるわよ?』

「どうしてオマエはそう言うんだよ! ユウ! オマエ、気がついてねえのかよ!」

『呼び捨てでアタシのことナマエで呼ばないでよ! それにどうして…… なんでアタシのナマエ知ってるのよ! それにさっきから何言ってんの? アナタの言ってる意味分かんない!』

 彼女から笑顔は消え、まるで汚い物を見る目で俺を睨みつける。


『……菅原さん、それは野暮ってもんでしょ? いい歳の大人が何を考えているんですか…… 相手は女子高生ですよ? 戦争でも起こす気でやるなら私は止めはしませんがね……』

 リビングの椅子にゆったりと腰を下ろしボヤけた淡い色で頬杖をつき嘲笑ってこちら側を見る、あのサラリーマンの紳士が俺に声をかけてきた。


「ただいま~! あれ? お父さん? 帰ってるの?」

 玄関の扉が開く音が聞こえ、シュウの声がした。リビングに近付く足音にユウはじんわりと姿を消す。サラリーマンはニヤニヤと笑いテーブルに肘を付き、まるで様子を伺う用意をするかの様だった。


「なんだ…… いるんじゃない! こんな電気もつけないで! 何してんの?」

 シュウは俺の姿を確認するとリビングの電気を付けた。


「おお…… おかえり!」

「ホントにどうしたの? お父さん、汗びっしょりだよ?」

 俺の顔を見て半笑いのシュウが俺の足元でお座りしていたエドワードを抱き上げ、さっきまでサラリーマンの座っていた椅子に腰を下ろした。


「は、あれえ……」

「うん? 俺の顔になんかついてる?」

「あ…… いや、なんでもない! エドワードは今日もかわいいなあ! いやホントに~!」

 シュウは俺の表情で何かを感じたのか首を傾げた。俺は咄嗟にエドワードの頭を撫で微妙な笑顔で笑い即座に嘘をつき誤魔化した。我ながら下手な嘘だよ。これは流石にない。そして、サラリーマンは明かりに弱いのかリビングに、その姿はもうなかった。


「そ? ならいいけど…… 夕飯の準備まだなら久しぶりに食べに行かない? 駅前のハンバーグ屋がいいな~! 新装開店してたよ!」

「新装開店って…… リニューアルオープンって言えないか? パチンコ屋じゃあるまいし!」

「で? 行かない? 家で食べちゃう?」

「それはいいんだけど…… エドワードのメシはどうすんだよ? 俺まだなんの用意してねえぞ?」

「美味しい美味しい、わんちゃんカンカン買ってきた!」

 シュウは自分のカバンからコンビニの袋を引きずり出す。袋を顔の横で小さく揺さぶり、シュウが悪戯な顔で笑った。こいつ最初からそのつもりで買ってきたな? そう思ったが俺は言葉に出さずに頷く。エドワードには悪いが少し此処には居たくないと思っていたのも本当だった。


 *****


「へえ、綺麗な店だな! ……ってシュウさんよ? この行列どうすんだよ……」

「明日休みだからいいじゃん!」

「おまえはな~俺は仕事だぞ!」

「何? 今から場所変えてラーメン屋とかにする?」

「ハンバーグが食いたいんだろ?」

「うん! せいかい!」

 こういう時のシュウは素直で可愛いと思う。高校生になったと言ってもまだまだ子供なのだと分かる瞬間だ。並んでいる間もスマートフォンのアプリケーションで遊んだりせずに今日あった出来事や部活でレギュラーになれそうだ、とか。事後報告や近況報告もうちのルールで欠かせない事だった。


「お父さんさ…… 最近なんか感じない?」

「ん~?」

「マンション…… なんか変じゃない?」

やっと席に案内された赤茶色のソファー席に腰を下ろし、店のメニュー表を凝視して真剣な顔のままで俺は耳を疑った。マンションが変? 建物が? それともご近所が? いや、分かってる。アレの事だよな。


「変って…… なななにがよ?」

やばい! 吃った! 汗はとめどなく流れあからさまな程に目が泳いでいただろう。シュウは俺の顔をまじまじと見て吹き出した。


「もういいよ! それより食べたい物が決まったなら店員さん呼ぶよ?」

と、俺の返事も聞かずにテーブルの上のボタンをシュウは押した。






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