溶岩から黄金へ

 地面の下で煮えたぎる溶岩が地表に近い場所で少しずつ冷えて固まり、いつか採掘され、砕かれ、選別されてからまた高温高圧にさらされる。触媒を使って不純物を取り除き、残りが再び冷えて固まることで各種の金属が誕生する。
 本作は、最初から黄金たるべく運命づけられた溶岩だろう。作者の心の中で渦巻く言葉が創作意欲や情熱によって読者に届けられる。左様、読者は溶岩を受け取る大地であり精錬する技術者でもある。
 主人公の言動を受け取っていて、場違いにも故 司馬遼太郎先生の『関ヶ原(新潮社)』を思い出した。横柄傲慢な三成は実は繊細で細かい配慮の行き届く人間でもあり、詩人にでもなれば良かったなどとまでいわれる。無論、両作には一切なんの関係もないが、主人公が歴史小説を書きたがっているのでつい引き合いに出した。
 さておき、主人公の性格ないし人格がどうしてああなったかは作中を確かめればわかるとして、当人の家に住み着いた人間とその友人との間の友情が本作の隠れた命題ではないだろうか。身寄りのない人間が友人の支援を受けるのは、特にああした人々の間では珍しくない。ないが、脆い。辛うじて、支援している側の感覚が不安定でされている側のそれが安定しているのがか細い橋渡しを繋いでいる。実のところ、支援されている側の人間の方が本当の意味での世間智には恵まれている。実に興味深いことに、支援されている側は実家の賑やかな人々が出てくる反面、支援している側は全く語られなかった。主人公や支援している側の相方でさえなにがしかの言及はあった。死別か離別かさえ(私が読んだ限りでは)わからない。洗練された人生を思う存分楽しんでいるはずなのに、ある一点を崩されたら……例えば、中盤に出てくるド外道のクズのろくでなしに一度素で騙されたら……若さと美貌をしゃぶり尽くされてしまうような危うさを感じた。支援されている側は、一条ゆかり先生の『正しい恋愛のススメ(集英社)』の名台詞を借りるなら『開き直れば女は強い』だ。この強弱逆転の妙もまた本作の醍醐味といえよう。
 それにしても寸止めの好きな作者だ。受け取った言葉が黄金になるまでじっくり時間がかかった。その代わり純度は百パーセントだ。

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