こちらの幻想文学を拝読したとき、静謐で力強い没入感を覚えました。
主人公は、最愛の恋人を病で亡くしています。そして、死んだ恋人である彼女は、火葬後に収まった骨壺の中で、青い金魚へと姿を変えていました。
彼女の死後も、共に時を過ごせる……甘やかな切なさと退廃がないまぜになった耽溺に、主人公はゆるゆると沈んでいきますが、蜜月は長く続きませんでした。四十九日が過ぎた頃を境にして、青い金魚は徐々に衰弱していったのです。
再び失われようとしている彼女の魂を繋ぎ止めるように、あらゆる手を尽くした主人公は、恋人の遺言を思い出します。
「わたし、故郷はきらいだけど、あの湖だけは好き。静かで底なんかなくてどこまでも落ちていくような。吸いこまれるみたいな。……死んだら、あそこに還るんだ」
彼女の想いを遂げさせるべく、主人公は骨壺を抱えて東京を出ます。
彼女の故郷である四国で、彼女の恋人を名乗る男と出会うなんて、そのときは夢にも思わずに――。
彼女は、嘘をついていたのか。彼女は、本当に自分を愛していたのか……猜疑で揺れる心の動きを捉えた描写の一つ一つが圧巻で、そこには彼女の鰭と同じ青色が、炎のような静けさと激しさで渦巻いていました。
主人公と彼女が過ごした時の中には、彼女の生前にも死後にも、溺れそうなくらいにたくさんの青色が溢れていて、もし人を愛する気持ちに色があるのなら、きっと二人にとっては青色なのだろうなと、深い納得感と共に思いました。
こんなにも強く、真っ直ぐに、誰かのことを想えること。その相手が、自分のことも、強く、真っ直ぐに、想ってくれること……そんな感情の奇跡も眩しくて、羨望の気持ちも抱きました。だからこそ、主人公が彼女を送り出そうとしている道のりに、何度も胸が締めつけられました。
青い金魚との別れのとき、主人公は何を思うのか。そして、どんな眺めを瞳に焼きつけるのか――その青色を、ぜひ皆さまもご覧になってください。一生忘れられない青色に、心が鮮やかに包み込まれること間違いなしです。
この作品を読んで感じたのは、品です。文章とはここまで美しく書けるのかと、ため息を漏らしました。まるで青を基調とした硝子細工の様な文章は、幼い頃に初めて万華鏡を見た時の様な心持ちにさせてくれました。
また、その構成には思わず膝を打ちました。清涼な湧水の様に染み渡り、気がつくと読み終えておりました。昨今溢れかえっている作品群の中でも一線を画し、コンテスト受賞もさもありなん、と思いました。
特に私がこの作品で好きな要素は、色の情景です。見たことがない色を、想像できてしまう。イデアから取り出してきた様な色彩の言語化。ここまでの語彙を取り込み、この文章を作り上げた貴方を心より尊敬申し上げます。
この作品は私の目標となりました。今まで霧の中を彷徨っている様な創作活動に指針ができました。
私はこの作品に出会えて幸せです。書いてくれて、本当にありがとうございます。
■あらすじ
あさぎとつゆり。恋人同士の二人。
けれどもあさぎは肺を病み、若くして亡くなってしまう。
彼女の骨は、見れば骨壺の中で青い金魚へと変じていた――。
その青い金魚との奇妙な日々。
だが、四十九日の経とうかというころから金魚は衰弱していく。
愛するひとを二度も失う恐怖に駆られたつゆりは、彼女の故郷へ。
そこで彼女の恋人を名乗る男と出遭い……?
眩暈を誘うような深い青に沈む――現代幻想小説。
■おすすめポイント
(1)揺れ動く「私」(つゆり)の心
しっとりとした重みのある情感を込めながら繊細に描かれた「私」の心理描写が秀逸です。
(2)様々に描き出される「青」の味わい
青い金魚。瑠璃の如き。宵やみの波の色。青。碧。藍の鱗……。
幾つもの「青」が、まさに「万華鏡」の如く物語の随所に散りばめられています。
この深く、底方に何かを秘めた深い「青」が何を意味するか。
「青」とは、生命を育む水――「生」を象徴する色である一方、「死」の静謐を彩る色でもある。
本作を読みながら、そんな両義性をもつ色こそ「青」なのだと感じました。
そのような「両義性」は作家様の作品を貫くテーマの一つでもあろうと思われ、
物語への味わいと厚みを与えています。
(3)圧巻の表現力
作者様最大の武器と言えるのがその緻密に編まれた圧倒的かつ「凄味」さえも覚える文章力。
兎に角読んで、味わってみてください。
“刺さる”表現の数々に胸を衝かれながらも酔わされている自身に気付くはず。
■こんな方に
☑様々な形の“愛”の物語が読みたい方
☑“青”という色に心惹かれる方
☑繊細な筆致で描かれる幻想小説が読みたい方
青い金魚をつくりたい。
そんな言葉で彩られる本作の印象は鮮烈な赤でした。
これほどまでに、情熱的な赤の物語を私は知りません。
青と言ったら冷たい感触をイメージしがちです。
ですが、本作を読んで感じたのは、とても温かな唇の赤でした。
どこか冷たく静謐なイメージの青い物語の中に、赤をイメージさせる鮮烈な感情が漂っている。
その感情は愛であり、怒りであり、悲しみであり、そして嫉妬でもある。
主人公の感情を、青では表現しきれない様々な赤色で感じることができました。
この作品において、ヒロインが持つ色彩のイメージが青だとしたら、主人公を連想させる色は赤だと思います。
どこまでも美しく豊かな青の景色の中に、情熱的な赤がぽつんと存在する。
そんな不思議な印象を抱くことができる幻想的なお話でした。