呪いを記す者、耳目を担う者、道化となる者。因習の果てに産まれる者。

山間の古い村に住む祖母が死んだ。
白い猫と枯れた老人に出会った。
血の色の右眸を持つ奇怪な少女を見た。
そして、惨劇が始まった。

青年、近衛一可は、ねっとりと濃い闇の中で大切な幼馴染を失い、
幼馴染の記憶さえもが人々から失われたことを知って愕然とする。
都会に帰っても誰にすがっても、血の色の眸が追い掛けてくる。
親友と老刑事の手を借り、一可は村の歴史を紐解くこととなる。

愚か者《ふーけもん》の来訪者たちに三家の秘密を語る翁を始め、
村の年長者たちがしゃべる九州弁が、民話的な不気味さを煽る。
私は九州でも西の離島だが、玖契村は本土南部の内陸だろうか。
元来、九州をフィールドとする民俗学は、独特な凄惨さを秘める。

私の郷里には隠れキリシタンのどうしようもない因習があり、
半島や大陸の文化と言語を今に伝える海賊のコロニーがあり、
原城の乱で全滅せられた島原には四国からの入植者の集落があり、
隔絶された山の中には壇ノ浦を逃れた平家の落人の村がある。

海で他所と繋がる九州には、いつも、外から何かが入ってきた。
それらが『日本書紀』『古事記』『風土記』の頃からの土着のものと
交じり合ったり結び付いたりして、一風変わった何かに変じる。
古くエキゾチックで得体の知れないそれらは、大抵けっこう怖い。

玖契村もそう、訪れたものを古くからある力によって留め、
雁字搦めの因縁へと変じさせる類型に当てはまるけれど、
ミステリー作家によって示される21世紀的な「それ」への解釈は、
SF的な規模を伴って、人間に対処し得る限界を突破する。

赤く染まるクライマックスに、呑まれて喰われるのではなく、
子宮の胎動を直感的に想像した、その瞬間が一番おぞましかった。
民俗学的な怖さに耐性があり、グロテスクな流血系には動じない。
でも、本作読了後、ホラーはしばらく読まなくていいと思った。

喰らった情報量に、まだ感性が追い付いていない。
ホラー作品で満足するとは、つまりこういう状態なんだろう。
不可解で理不尽で狂気的で、わかろうとしてはいけない相手。
もうたっぷり堪能したから、ホラーはしばらく読まなくていい。

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