ミッドナイト・ミートローフ

差分一夜

1. ある夜のはじまり

 夢だったと思っていた。

 実際にそれは夢だったのだ。手も脚も無い直方体の形をしたロボットに乗って戦うなど。格好良いとさえ思えない。

「あのさあ」

 声をかけられて、俺は顔を上げる。古いちゃぶ台を挟んで、向かいにランが座っている。

「なんだよ」

 彼女の言いたいことは分かっていたが、訊ねてみた。普段は部屋から出ないし、インターネット越しに書き込むコメントで、ひどく間の空いたやりとりをするくらいなので、たまには会話というやつを試してみようというわけだ。

「早く食べなよ。せっかく作ったんだし、あたしが。それともなに? またあのナントカさんにネットでなんか言われて不機嫌なわけ?」

「いや」

 どうやら会話は無理そうだと結論づけた。よくもこうポンポンと言葉が口から出てくるものだ。しかたなく、俺は目の前の箸を手に取り、皿に載ったものに突き刺した。そいつは夢で見たヤツのミニチュアのように、茶色い直方体をしている。

「そのナントカさんも暇よねえ。アンタなんかの相手してるんだから。ずっとでしょ?」

 俺は頷いてから、記憶力の乏しいランに教えてやった。

「フラン・レアエグ氏な。そのナントカさんての」

「ああ、それね。フランってことは、女の子なの?」

「さあ?」

 答えながら突き刺した箸でその料理を持ち上げようとするが、意外に重くて断念し、皿ごと口元へ運ぶべくもう片手も動員することにする。

「アンタもまだ、あのカッコつけた名前、使ってんでしょ? ニックだっけ?」

「そうだよ悪いかよ」

「本名と全然関係ないよね、ニックって」

「うるせ」

 ランの煽りを受け流そうと努力しながら、俺は皿ごと手にした料理を食うべく、大きく口を開いた。

「ミートローフっていうんだよ」

 今まさに噛みつこうってタイミングで、ランがそんなことを言ってくるので、口を開けたまま俺は、ふーん、と言ったが、出てきたのは、音階の変化を伴った、あーお、みたいな声でしかなかった。

 週に二回くらいは、ランが夜中にこうして食事を作りに来てくれる。そのときには俺も、四畳半一間の部屋に敷いた布団を片付けて掃除めいたこともする。一人暮らしで引きこもっていても、おかげで部屋が腐海に呑まれずに済んではいる。だが、いつもこいつは間が悪い。食おうとしているところで止めるなよな。

 ともあれランは置いておいて、噛みつこうとすると、また話しかけてくる。

「知ってる? ミートローフって」

「知らん」

 しかたなく俺は食うのを諦めて、皿をちゃぶ台に戻した。早く食えと言ったり邪魔したり、面倒くさいやつだ。

「ふふん」

 なぜだか嬉しそうに、というよりもたぶん、あれは得意げということか、ランは無い胸をめいっぱいに張って見せた。

「なんだよ」

 問うてやると、意地の悪そうな笑みを浮かべて、斜めの上目遣いで片手の人差し指を立て、説明してくれた。

「要はハンバーグのでっかいやつなんだよ」

「あっそ」

 聞き流しながら俺は突き立てたままの箸と皿を再び手にして、今度こそそれに噛みついた。

「へぎゃあああふぅん」

 口元から、そんな変な悲鳴が聞こえてしまい、すごく嫌な予感が俺を支配してしまった。ああ、なんだこれ。

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