8. ある異星人のさいきん

 ハクも目を覚ましたらしい。俺が作った寝床から、なにやら声が聞こえてくる。

 俺たちを起こした玄関のノック音も、変わらず聞こえてくる。

「誰だ?」

 時間を確認すると、昼下がりと夕方の中間くらいだった。こんな時間に誰か来るのは珍しい。宗教や新聞の勧誘にしては、随分しつこくノックし続けている。なんだろう?

 これで開けたら誰もいなかったとかだとイヤだな、などと思いながら、俺は音を立てないようにそっと扉に近付くと、外の物音に耳を澄ませる。覗き穴でもついていれば良かったのだけれど、あいにくウチの玄関扉はただの一枚板だ。

 ノックの音の他に、誰かいるらしい呼吸音が聞こえた。どうやら怪奇現象の類ではないらしい。まあ、ウチには既にそれっぽいモノが居るけど。

 ちらりと視線を送った先のハクは、寝返りを打つような動きを見せただけで、起きてくる様子はない。どんだけ寝るんだあいつは。

 ともあれどうやら怪奇成分は既に十分のようで、扉の向こうには面倒くさい人間か、面倒くさくない人間のどちらかが居るのだろう。面倒くさくないといいなあ。

 願いながら俺は解錠し、ドアノブをひねって少しだけ隙間を開ける。

「よう」

 見知らぬ中年男性が、気軽に片手を挙げて挨拶してきた。

「えっと、誰です?」

 問いかけてみると、あっそうか、みたいな顔をしてから、そのおっさんは丸く突き出た腹を揺すってガハハと笑った。変なおっさんには、まず通報だろうな。俺の中の常識がそう訴えてくるのへ、まったくその通りだと全面承認した俺は、扉を閉じて施錠するべく動き出す。

「なあニック。こうして会うのは初めてだな」

 突然呼ばれた名前で、俺は動きを止めた。その呼び名を知っている者は限られるはずだ。まして、変なおっさんに呼ばれる筋合いも無い。警戒心の警鐘がガンガン鳴り響き、俺は素早く扉を閉じ、

「待てよオイ。俺だよ俺」

 もう少しのところで、おっさんの妨害で閉じ損ねた。

「対面式のオレオレ詐欺は新しすぎるだろ」

 あれは電話越しだから声だけでの勘違いを誘発するってのが要点のはずだ。なんとか変なおっさんから逃れようと、俺は扉を引く力を強める。

「いやいやいや。フランだよ、フラン・レアエグだよ。知ってるだろ?」

 反射的に、知らねーよ、と言いそうになって、俺はなんとか思いとどまった。忘れようもない、フラン・レアエグ。その名は、俺にとって面倒くさい人間の代表格だ。

「総司令殿っ!」

「うおっ」

 いつの間にか起きてきていたハクが、俺の顔の横を飛び抜けて、フランに掴まった。かなり細いドアの隙間を、よく上手くすり抜けたものだ。いろいろな驚きから声を上げた俺は、ここで二人ともが外に出たチャンスを締め出しに生かすべきだったのだ。けれど、それを思いつく前にフランが言ったことが、俺をポカンとさせた。

「元気だったか、ハク。さあニックよ。今からここを、対クーフ・クーグー秘密組織の最高総司令部にするぞ!」

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