5. ある異星人のためいき
少しずつ話を整理しておこう。
まず俺だ。狭いひと部屋で引きこもって一人暮らしをしている。ネットでの名前はニック。まあ、俺のこれまでの人生については、いつか話すときがくるかもしれない。ここでは脇に置いておこう。
それから、ラン。胸はないが元気は有り余っていて、その余剰を処理するためのように、たびたびうちに来ては食事を作ってくれる。どうも俺は、毒味役というか味見役というか、ランにとってはそんな立ち位置にあるらしい。いつも来るのは夜中なのに、色気のある事態にならないのは、それゆえなんだろう。俺もまあ貧乳も好ましく思うが、すっかりランには馴染んでいて、改めてどうという気も湧かなかった。だからこうして来てくれる関係が続いているのだと思う。
さて、ここからが問題だ。とりわけ奇異なものがある。顔や手足のついたハンバーグ状の小さい生き物だ。遠くの星から歩いてきたとかいう。それも意味が分からないが、このリキコ・ハクと名乗る生き物が言うには、なんでも夜に波動を撒くクーフ・クーグーと争っているそうだ。ハクがそのために使っている装置が、ハックブラーテンというのだという。そのへんがいまいち曖昧で、よくわからない。
「あのな。お前が何を言っているのか、まるで分からないぞ。夜中に腹が減るのは、わりと普通のことだろう?」
俺を勝手に登録したというハックブラーテンだそうな、直方体の焼いた挽き肉色をしたものを放り出して、俺はもう呆れかえるしかない。
「あたしもー。つい料理しちゃうんだよね、夜中って」
それはランだけのような気もしたけど、まあいいや。
「お分かりでないのですね」
ハクは言いながら、俺の投げ出したハックブラーテンにちょこちょこと駆け寄って、大事そうにそれを抱えて戻ってくると、俺の手の届くところにそっと置く。そんなことしてくれたって、いらないものはいらないんだけどな。
「ミーたちハンバ・アーグの一族は、何世代も前からずっと、ずっとクーフ・クーグーと戦ってきているのです」
「ハンバ?」
「ハンバーグかよ」
ランと俺とでツッコんでみるけど、まあだからどうということもなく、何を言っているんだという表情を一瞬だけ浮かべてハクは話を続ける。
「クーフ・クーグーは宇宙の熱的死を目指しているのです。ヤツらは、エネルギーのことを、宇宙を蝕んでいる極めて中毒性の高い薬物のように思っているのです。エネルギーの消化を宇宙のあらゆる場所で早めて、この宇宙から毒であるエネルギーを抜き去ろうとしているのです」
「はあ。。。?」
まずはランが、ぐんにゃりと首を傾げて、なにもかも分からないと体で表現した。よくそんなに曲がるな、おまえの首は。
そういう俺も、ハクが言っていることはいまいち理解が及ばなかった。宇宙ってのは分けの分からないものだな。
「難しかったですか。たとえばクーフ・クーグーの活動に、おなかを空かさせて、エネルギーの消化を促進しようというのがあって、そのために夜中に食欲の波動を広めていたりするのですよ」
「いや、そうか? なんか、俺たちひとりひとりの食事で消化する分のエネルギーなんか、宇宙全体から見れば塵もいいところだろうよ」
なんとなく騙されているような気持ちから、俺は問いかけてみた。するとハクのヤツめ、大げさにため息なんかついて、
「ご理解できませんのですね」
やれやれという仕草までつけて言ってくる。腹立つな。
「大きなエネルギー消費運動も、いくつかはありますし、歴史上にも記録されています。ですが、今のクーフ・クーグーは、それよりも、小さくとも無数にそれを行うことで、宇宙全体を変えようとしているのです」
「ゲリラ戦ってやつね!」
ようやく理解できそうな内容になってきたと悟ってか、妙に嬉しそうにランが小さく拳を握りながら割り込んできた。いかにも弱そうなファイティングポーズだ。隙だらけだし。
その様子にも、ハクはまたため息をつく。ただし今度は、さっき俺に向けられたような侮蔑とは異なり、同情するような、互いの苦労を嘆きあうかのような吐息だった。
「そうなのです。分散して小さくなったせいで、事前に見つけにくくなったクーフ・クーグーの活動は、あらゆる時にあらゆる場所で起こり得るのです」
「俺とランで、ずいぶんな扱いの差だな」
一応言っておいてみたが、予想通りに俺の発言は無視された。
「テロみたいな?」
呑気な問いかけだ。ランの口調に俺は、そんな感想を抱いた。ハクの言う、あらゆる時にあらゆる場所で、ということが、自分の身近を除いてだと思っているかのようだ。実際に、そうではあるんだろう。俺だってそうだ。ハクの次の言葉を聞くまでは、そうだったんだ。
「テロ。そうですね。そのようにも呼ばれていますね。夜中に食欲を刺激する行為は、飯テロ、と」
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