6. ある朝のごみくず
一夜が明けた。といっても単に朝になっただけで、ずっと起きてゲームを進めていた俺にはどうという感想があるわけでもない。
昨夜あのあと、ランが帰っていつも通り食器を洗って俺は片付けた。夜中の帰り道を女の子ひとりに歩かせるのも気が引けるというのもあるが、近所だから大丈夫だとランには断られてしまっている。引きこもりなんだから外に出るとかないでしょ、とかも言われた気がするが、俺だってゴミ捨てにアパートのゴミ出し場所まで外出することだってあるのだ。まあ、ランが単に俺と一緒に外を歩きたくない、イコール、誰かに見られたくない、という可能性も大いにあるけど、考えないでおこう。
俺がゲームをしている間、ランが連れて行かなかったハクは、肩に乗って一緒に画面を見ながら、あれは何ですかとかこれはどうするのですか、などと興味深げに訊いてきたものの、しばらくするとうつらうつらとし始めて、ついさっきには俺の首に寄りかかるようにして眠ってしまった。ハクがどの程度の強度がある生き物かは知らないが、地球の常識としてはこのくらいのサイズの動物が落ちて酷い目に遭う高さとしては十分そうな気がして、俺はハクをテーブルの上に降ろそうとして、手で掴んだところだった。
「あれ?」
何かに引っかかるように、ハクが持ち上げられず、俺は困惑してなんとか自分の肩の上を見ようと目玉を頑張って動かしてみる。なんか服に食べこぼしがこびり付いたかのような気分だ。
「こいつ、掴んでるのか」
ハクは俺の服を全力で握り締めていて、眠ってしまってもなお、それを放すことはなかった。肩から落ちないようにというよりは、
「ともに闘ってむにゃむにゃ。やっと適合者を見つけましたよ。むにゃむにゃ」
まるで俺から離れまいとしているかのようだ。寝言でもまだ俺にハックブラーテンとやらを動かさせようとしている。そんなこと言われてもなあ。仕方なく俺は服ごと脱いで、ハクをテーブルに横たえた。別のを引っ張り出してきて着替える。
こいつは、なんでそんなにしてまで飯テロと闘いたいのか。俺にはいまひとつピンとこない。ゲームに付き合っていたのも、珍しかったのもあるかもしれないけど、俺に取り入ろうとしてのことなのかもしれない。まあ寝落ちてるわけだけど。
そろそろ陽も昇ってきた。いつもなら俺は眠る時間だけれど、ランが食事を作ってくれた日に限っては、エネルギーが余っているせいか、布団を敷いて横になってもすぐには眠くならない。少しくらい余計なことをしても構わないのだ。
部屋の隅に放り出してあったダンボール箱をカッターナイフで切って、そこにタオルを畳んで詰めた。小さな浅い箱でできたベッドだ。ハクをそこに寝かせて、掴んだままの俺の服を上掛け代わりに掛けてやる。
「むにゃあ」
返事をするように、ハクは寝言を発した。発声が曖昧で聞き取れないのか、こいつの母星語だから分からないのかは分からないが、そこまで懸命になるなら、少しくらいはハックブラーテンとやらをなんとかしても良いのかもしれない、などと思ってしまう。
「なにやってんだ俺は」
呟きながら、俺はハクに手渡された小さな茶色の直方体をテーブルから取り上げた。何をどうすればいいかも分からない。とりあえずそれを掲げて天井に向かって宣言するかのように、言ってみた。
「宇宙に煌めく星々のごとき数多の力よ! 我が手に集え! 悪を倒す強さを与えよ、ハックブラぁぁぁテぇぇぇンっっ!!」
なにも起こらなかった。
ちょっと恥ずかしくなって、俺はひとつため息をつくと、手の中の直方体をテーブルの元の位置に置いて布団を敷くことにした。
「むにゃ、朝までゲームとかすることを、ごみくずと言うってフラン氏が言ってむにゃむにゃ」
「うるせーよ!」
思わず大声を上げた俺だったが、その程度では起きないくらいにハクは疲れていたのだろう。そのうち絶対フラン・レアエグには文句を言ってやろうと心に決めて、俺は眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます