3. ある旅のもくてき

「お前は、なんなんだ?」

 喋れるからには訊いてみようと思い立ち、俺はそう声を掛けてみるが、とりあえずそのリキコ・ハクとやらは、体を捻るようにして自分の、人間で言えばケツのあたりを見ようとしているようだった。

「もしかして、噛まれたとこ、痛い? ヒドいお兄さんですねー」

 幼児に対するようにランがハンバーグに語りかけている。普通に考えたら、どこか良い病院はないかと探したくなるような光景、もしくは他人のふりをしたくなるような光景ではあるが、残念ながらここは我が自宅。まずは病院か警察か、と選択肢に迷っていると、リキコ・ハクは自分の体の検分を諦めたのか、ランに応じて問い返す。

「おババアさんはニック名前、偽名ダサいです?」

 可愛らしく小首を傾げるような仕草までついている。首がどこにあるかは分からないけど。

「お姉さん、でしょ? ニックはダサいのは認めるけどね」

 ぐいと顔を前に出して、口元だけのにこやかさで圧力をかけるランに対して、俺はたぶん冷静だった。

「ニックは俺だが、偽名ではない。魂の呼び名、すなわちソウルネームだ」

「ダサっ」

 すかさず素直な感想を述べたランから、俺も素早く視線を逸らす。ジョークだぞ、うん、ジョーク。本気で思ってたりはしないんだからね、みたいな、うん。

 リキコ・ハクは、その様子を見て何か納得したらしい。体の脇から出ている糸みたいに細い腕っぽいものの先に付いている丸っこいものを、ポンと打ち合わせた。落書きの手みたいなやつだ。

「失礼したました。まだこちらの言葉に慣れないでして。えっと、じゃあ、こちらの雌ヒトがオネエさんで、こちらの雄ヒトがダサいニック氏ですね」

「えっと、あたしは名前はランよ。気軽にお姉さんって呼んでね」

「俺も気軽にニックでいいぞ。ダサいは付けなくていい」

 異文化交流は忍耐やら寛容やらが大事だと、どこかで聞いたことがある気がする。今はこれで良しとしておこう。

「それでしたか。フラン・レアエグ氏から、ダサいはニック氏の敬称であると聞いてきたですばってん、とてもちょろ、でなくて、気さくな動物で嬉しく思います」

 あいつか。恨みを込めて、俺は前頭前野の中でフランを睨みつけておいた。脳な、ちなみに、前頭前野ってのは。

「いちいちトゲがある感じだけど、まあゆるキャラってそういうものよね、うんうん」

 ひとりで謎の納得を作り上げたらしく、ランはこくこく頷くと、リキコ・ハクをつまみ上げようとして、そいつがミートローフの脂まみれであることに気付いて手を引っ込めた。

 だが俺はそうはいかない。フランのヤツが寄越したってことは、ロクでもない目的でもあるはずだ。それを確かめなくてはいけないが、やっぱり素手は嫌だったので、リキコ・ハクを箸でつまんだ。意外に重くて持ち上がりはしなかったが、ともあれ取り押さえて、事情を訊ねる。

「で、お前は何なんだ? どうしてここに居る? あれか、ロボとかAI的な何かとかか?」

「路傍? エエ愛? 何でしょうか、分からんでござるますけど、ミーの目的は単純明快でダサニック氏の単細胞頭脳にも、とても素敵とのフラン氏のお墨付きでありんすよ」

「で?」

 ちょっとつまむ箸に力を込めてハクに食い込ませてやりながら、社交的な笑顔を見せてやると、うにゃああ、みたいな悲鳴っぽい声を上げながら、身悶え始めた。まさか気持ち良くなってるんじゃあるまいな。

 このままではラチが開かないと思い直して、俺は異文化交流と繰り返し呟いて気を鎮めながら、箸を緩めてやった。するとハクは愕然とした表情になる。

「イーブンか拘留、それは引き分けまたは捕まえるのことですね。そんな、まさか、あのクソガキ的なフラン氏のクソガキが、このミーを騙して、ダサック氏に捕まえさせようとか、そんな緊縛責め縄師のアハン世界が快楽だなどとっ!」

 いろいろ気になる発言ではある。とりあえずダサいニック氏がむやみやたらと縮まってダサック氏になったのであろうことは推測しておく。あとは、まあ、もういいや。

「おう。ともかく目的とやらを言えよ」

 呆れながら俺が言ってやるところに、しばらく席を外していたランが箸を手にして戻ってきて、それでハクをつんつくつつき始める。

「やだ、なんか悶えてるう。キモ可愛いー!」

 まあお互いに喜んでるならそれでもいいけど、とりあえず俺の質問には答えろよ。思いと力を込めて俺が箸を強めに握ると、きちんと気持ちは伝わったらしく、ハクはビクリとして身悶えを止めてから、恐る恐るとこちらに目を向ける。お前、目ぇ潤んで涎までたらしてんじゃねえか。

「あ、はい、えっと。それがですね」

 俺の冷たくなった視線が感じ取れたらしく、慌てて涎を手っぽいもので拭いながら、努めて事務的な口調になってハクは説明してくれた。

「ハックブラーテンを駆使して、クーフ・クーグーから世界を守って貰いたいのです。ニック氏がご当選されましたので、おめでとうの発表を発送でもって代えさせていただいたので、こんな感じでご到着でござます。です」

 両腕を広げて、自分のことだとアピールするハクに、もちろん俺は何を言っているのかの説明を求めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る