12. ある食のよくぼう
追うことも、まして迷うこともなく、俺はあっという間にクーフ・クーグーの下級戦闘員たちをレーダーに捉えていた。ハックブラーテンの投じた検索クエリは分散処理されて、瞬く間にレスポンスを返してきた。その場所にたどり着くのも一瞬だ。途中いくつもあった認証ゲートも、ハックブラーテンなら素通りできた。
ハックブラーテンは巨大なミートローフのような見た目をしている。その背に掴まって、俺とハクは目の前の敵と、その向こうに横たわるランを目にしている。
「ラン、大丈夫か?」
呼び掛けてみるが、応答はない。代わりにハックブラーテンのセンサ類が心音や呼吸音、体温などを計測して生存の可能性が高いと報告してくる。
「ハク。どうすればいい?」
ランを目にして、ようやく俺の思考は動き出していた。気になることは多いが、やるべきことが目の前にあるなら、まずそこから片付けていけばいい。俺がバカで良かったと、自分で思う。
「クーフ・クーグーの目的はエネルギーを消費させることです。奴らが食欲を刺激してくるなら、こちらはエネルギー消費の無いまま食欲を満たせば良いのです」
相変わらずの分かりにくさだ。
「つまり?」
俺がそう訊ねることもハクは分かっていたのかもしれない。
「自分で自分を満足させるのです。フラン総司令殿はこれをオナ」
「いやいい、だいたいあいつが何て言ったかは予想できた」
「そうですかニー」
ぐっと拳を握ってみたが、それを振るうことはやめた。悪いのはハクではない。異星人に意味を歪めて言葉を教えたフランの方だ。
「で? 自炊でもするってことか? ここで?」
「いいえ。実際に作らなくても大丈夫です。食欲が満足すれば良いので、妄想で十分なのです」
ハクが言い終わる頃には、準備を整えた敵が、ひとつの動画を上映し始めた。それは、湯気を立てるチキンライスの上に、卵焼きがのせられるところだった。卵に、ナイフが一筋通ると、自重で左右に分かれた中から、とろりと艶のある半熟が溢れ出し、無いはずの香りがするかのような蒸気が一瞬だけカメラを曇らせた。
「さあニック。あれに対抗する妄想を!」
そんなこと急に言われても、と思ったものの、意外とすぐに記憶は呼び起こされた。これもハックブラーテンの機能なのかもしれない。
「じゃあ、前にランが作ってくれた卵たっぷりチャーハンでどうだ」
あれはそもそも、チャーハンとしての出来自体が完璧だった。ほどよく噛み応えのあるパラパラに炒められたご飯は、塩胡椒の加減は米の甘味を存分に引き立てていて、かつ表面を覆う薄い油と一体になって、口の中を踊っていた。他の材料があまり買えなかった代わりに、玉子だけは安売りで入手できたと、多めに入れてくれた。それがまた、ご飯の合間に良い食感をもたらしてくれる。スクランブルされた玉子の塊は米よりも柔らかく、だが弾力をもって優しくはじけて舌の上で溶けるように消えていった。
あれは絶品だった。
「うむ」
そのときの満足感が甦ってくる。あのとき俺は、気がついたら皿を空にしていた。恐るべしラン。
だが待てよ。ふと俺の脳裏にあの光景が現れて消えた。家の外のあの景色だ。仮想世界だと言っていなかったか、フランが。
もしかして、俺の満足感などというものは、初めから存在せず、ランの作ってくれた料理も、実は食べていないのではなかろうか。それどころか、ランさえも今となっては本当に存在しているのか、疑問の余地さえある。目の前に横たわっているのが見えているというのに、だ。俺は自分の視覚さえ信じられなくなりつつあった。
グー
終末を告げる音色が、俺の胃袋のあたりから鳴り響いてくる。妄想の弱体化に伴って、それはどんどん大きく、どんどん止まらなくなってくる。
「ニック! ニック! 妄想を! もっと妄想を!」
必死に叫ぶハクの声が、どこか遠くに聞こえ、俺はぼんやりしてきた頭で、クーフ・クーグーの上映する料理動画をただただ目で追っていた。
ミッドナイト・ミートローフ 差分一夜 @ond
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