#9-3

 帰り道。

 日もとっぷり暮れて、街灯の明かりと会社帰りのサラリーマンが駅からたくさん出てきている。スマホの時計は、7時少し前を指していた。

 先ほど購入したプレゼントは綺麗に包装され、成し遂げた表情の彼の手にある。


「それ、いつ渡すの?」

「水曜日かな」


 予め決まっていることなのだろう。彼の口調はいたって事務的だ。

 水曜日というと、今日が月曜日だから、明後日か。

 なら明日でもよかったのではと思うが、どうやらそういうわけでもなさそうだ。


「前日にドタバタしてるの見られると、なんか嫌なんだよ」

「そう?」

「そういうもんだろ。しきたりとはいえ相手は女子だしな。さすがに気遣うわ」


 男としての意地というやつだろうか。

 少なくとも、余裕を持ってプレゼントを選んでもらった方が受け取る方としても嬉しいことだろう。


「どこで渡すの?」

「いや、渡すとこまでは手伝ってもらわんでいいって」

「え、いいじゃん。僕だって見たいし」

「見んなよ」


 強い拒絶の意思を感じる。報酬としてそれくらいしても文句はないと思ったのだが。


「お前に見られるとめっちゃいじられそうで嫌だわ」

「えー…」


 そんなこと、しないけどな。僕がするとでも思っているのだろうか。

 僕はそんなことしない。

 …しない。


「でもどっちにしろお前覗くだろ?」

「うっ」

「図星かよ」


 彼はやれやれと言ったようにため息をつく。


「…まあどうでもいいけど。いつも通り教室で渡すつもりだよ」

「教室ってことは…、放課後?」

「当然だろ?人いっぱいいる前で渡したらいろいろ面倒なことになりかねねえしな」

「ま、そうだよね」


 当然の判断だろう。

 実際僕だって、今はこうして付き合っているというのが周知になっているからいいけれど、そうではなかった時に、しきたりでも何でも、プレゼントをみんなの前でしたとしたら、…考えるまでもなく、ひどく勘違いとか起きそうだ。公開プロポーズ、という感じだろうか。


「喜んでくれるかしらね?」

「どうだかな…」


 あくまでしきたりだから、と彼。

 喜んでくれたという去年がどれくらいなのかわからないけれど、言葉の通りならば、間違いなく今年も、同程度かそれ以上には喜んでくれるはずだ。

 不意に、桜子がこちらを向いた。


「私だったら…大喜びだけど?」

「……ッ」


 優しく笑って、彼女はそう言った。

 僕にだけ見せてくれる、その優しい笑顔。またプレッシャーになっちゃうから、そういう可愛い笑顔するのやめてください。

 少し驚いたような顔をしてから、彼も意地悪そうな顔になってはやし立てる。


「だってよ海斗。ちゃんとやってやるんだぞ?」

「わ、わかってるって…」

「とは言っても、私の誕生日、まだ先だけどね」


 急なものでないとわかって、どこかホッとした。いつか誕生日をそれとなく聞いておかなくてはならなくなった。どうしよう。

 僕があれやこれやと誘導尋問の内容を考えているうちに、人通りがまた多くなってきて、サラリーマンとともにショッピングモールへ向かう家族連れも見られるようになってきた。どうやら駅の西口が近づいてきたようだ。僕もいい加減お腹がすいてきた。

 少し前を歩く彼が、ふと足を止める。


「今日は本当に、ありがとうございました」


 急に改まった口調で話されて、それはそれで調子が狂う。

 ただ、桜子は気にしないで、という風だ。


「いいよ全然。佐藤くんと一緒にいられれば、私はそれで」

「……」


 だから。

 頬が火照っているように感じるのは、今夜が肌寒いせいだろう。そうに違いない。


「…お前、ホント愛されてんな」


 親友もどうしようもないという風に苦笑いした。

 しかし僕はそれほどに冷静でいられない。運動もしていないのに体は冷めやらないし、目の前の桜子はこっちを少し恥ずかしそうに見てるし、唇もどこか艶っぽくて…じゃなくて!


「…大丈夫か?」

「…はっ!」

「大丈夫じゃなさそうだな…」


 救いようもない、と彼は大きなため息をついた。


「イチャイチャしすぎんのも大概にしろよ?」

「…はい」


 なぜか僕だけ責められたような気がして、笑い気味に謝る。

 それきり話すこともなくなって、それじゃあ、と彼は回れ右をする。


「じゃあ、俺電車だから」

「ん、じゃあね」

「じゃあね」


 手を少し振って、彼はエスカレーターに乗って、人ごみの中へ消えて行った。


 彼がいなくなってから、なぜだか少し心配そうに桜子が僕に聞いた。


「上手く、行くかな?」

「上手くも何も、しきたりじゃないの?」


 しきたりならば上手くも何もないはずだが、どういうことだろうか。

 しかし、彼女はわかってないなあ、というように苦笑いを浮かべた。


「…うーん、そういう意味じゃないんだけどなあ…」


 じゃあどういうことなの、と聞いても、その答えがわかることはなかった。

 ふむ。



 ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵



 明くる水曜日。

 放課後に近づくにつれ、なぜだかこっちの方まで緊張してしまって、どうにもならないむず痒さを覚えていた。開店初日のレストランの店長ってこんな気分なのだろうか。

 当の本人は、微塵も緊張などしている様子はなく、いつも通り学年上位の頭脳を発揮して、授業に勤しんでいた。


「今日の、放課後だよな?」

「そうだけど」


 だからどうした、というような彼の顔。

 どうしてこうもケロッとしていられるのだろうか。


「…うぅ」

「なんでお前が緊張してんだよ」


 おかしいだろ、と彼は鼻で笑った。

 仕方ないだろ。


「だって、なんかむずむずするじゃん!僕も一枚噛んでるしさ」

「そうかもしれんけどよ…」


 小さく笑ってから、彼は水筒に口をつけて、多めに水を口に含んだ。

 僕がかけられるせめてもの言葉を、と考えて考え抜いて、これしか思いつかなかった。


「なんか、頑張れよ」

「なんも頑張らねえよ」


 廊下越しに見える薄曇りの空を見つめて、彼はゆっくりと口を動かした。

 僕もつられて廊下の窓の外を見る。

 住宅街の広がる学校の南東は、変わり映えも見栄えもしない、ただ落ち着いた屋根が続いているだけだ。今日みたいな曇り空では、かえってその殺風景さがより厚みを増してくる。

 そんな窓の景色から目を戻して、彼は手元のスマホに目を落としながら、それより、と僕に聞いた。


「そんなことより、お前の方はいいのか?」

「…え、何が?」


 何かあっただろうか、と頭の中を巡らせても、それらしい答えは見つからない。

 いよいよ心配そうに、彼はスマホから目を上げる。


「何かってお前…、朝ん時先生に呼び出し食らってたろ?」

「あ」


 確かそれって体育教師からの呼び出しだった気が…。


「忘れてたああああああ!」


 全力で職員室に向かって走り出す僕の背中に、最後に彼の一言が聞こえた。


「…バッカで」



 ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵



「はぁッ、はぁッ、…」


 僕は息せき切らしながら、校内を全力疾走していた。

 あの後、呼び出しされてすぐに来なかったことをまずネチネチとしつこく言われ。

 そして、成績のあまり高くない僕に『挽回のチャンスだ』と言って肉体労働をさせられ。

 結局解放されたのは、あれから30分強経ってからのことだった。

 それゆえ、彼が渡し終わってやしないかと今全力で1階の職員室から4階の教室まで駆け上がっているというわけだ。

 あと20段登り切れば。

 あと10段。

 あと3段。

 やっと登りきった。

 肉体労働の後の階段ダッシュはやはりキツイ。


「あとは左に曲がるだけ…って、あ、あれ、桜子…?」


 意外な人がいた。てっきり教室で本でも読んでいるのかと思ったが。


「しっ」

「……?」


 彼女は3組の教室の入り口に立ち、口に人差し指を当てて、僕に黙るよう言った。

 これは、と教室の中をちらりと覗き込むと。


「あっ」


 今まさに、それが行われようとしているところだった。



 ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵



 夕日映り込む教室。

 こうして待つのも、果たして今年で何回目のことだろうか。

 梅雨に入る前の夕空は、毎年のごとく、昼時の天気を無視するようにこの時間だけ太陽が顔を出す。

 全くお節介な神様だ。

 そういうお小言も、もう何度言ったことか。


「…そろそろか?」


 その声にまるで呼応したかのように、湿っぽい空気をかき分けて、教室の扉が開いた。


「…ごめん。待った?」

「待ってねえ。いつものことだろ?」

「そうだね」

「陽奈にもやんなきゃならんことがあるってことくらい、俺でもわかるっての」

「…ありがと」


 何も感謝されることなどないが、これもまただから、あえて突っ込まない。そうでなくても突っ込まなかったと思うが。


「…今年も、もうこんな時期か」

「そうだね」


 淡々とした会話。

 去年の俺の顔を想像してみる。

 …今と同じ、儀礼的な顔をしていたのだろうか。


「もう、一年、…経つんだね」

「…そうだな」


 切羽詰まった、苦しそうな言葉に違和感を覚えた。

 時計の針が、音を立てて進む。

 待つ理由も去年を懐かしむ理由もないかと思って、本題を切り出した。


「誕生日、おめでとう」

「うん。ありがとう」


 極めて、…極めて、儀礼的。どうしてこんな習慣があるのだろうかというのも愚問でしかない。そういう一般的思考すらも立ち入ることを許さない、絶対的な儀式。


「…中、開けてみてくれよ」

「うん」


 最近の湿った空気とは真逆の、乾いた包装紙を解く、ざくざくという音。この音だけは、唯一と言っていいほど数少ない好きなことの一つであった。だからこそ、包装は必ずしてもらっている。

 その包装を、ビリビリに破いてしまっても問題はないのに、いつも丁寧に解くのは、俺に失礼だと思っているのか。綺麗に折りたたんで、それすらも持ち帰る。

 非常に律儀なやつだ。


「…わあ」


 中に入っていたのは、あいつらと選んだシュシュ。

 陽奈に似合いそうな優しい色合いのやつを、独断と偏見で選ばせてもらった。

 ただ、いくら儀礼的と言っても、去年と似たようなものを贈ってしまっていることには、多少なりとも罪悪感は拭えない。


「今年もこんなんで、ごめんな」

「いや、全然」


 それきり、彼女は口をつぐんだ。

 シュシュを手にしたまま、何かを考えているらしい。


「今回はな」

「……?」

「俺一人で選んだわけじゃねえんだよ」


 驚いたような表情の陽奈。

 俺は続ける。


「俺と同じクラスの、月島桜子って人いるだろ?」


 彼女は黙って頷く。


「あの人に、相談したんだよ」

「……っ」


 苦しそうな表情が、一段と濃くなる。

 何かまずいことでも言ったかな、と頭を掻きつつ、教室後方のロッカーの方に目線を逸らす。


「…あの人、付き合い始めたってのも知ってるよな?」

「うん」


 ようやく、声に出して返答が帰ってきた。


「あの人の彼氏、俺の友達なんだよね。それでさ、今年くらいは真剣に選んでみようかなって」

「……」


 黙りこくったままの陽奈。

 彼女の顔を見るのも気まずいまま、俺はカバンを手に取る。


「…あのさ」

「……」


 彼女の返答はない。



「…これ、今回で終わりにしねえか?」



 少し強い風で窓が軋むのを聞いてから、それと同じくらいの音量で、彼女のかすれた声が聞こえる。


「…なんで…?」

「いや、なんて言うか…、俺らも、もうすぐ大学生じゃん?」

「……」

「陽奈には陽奈の友達がいるんだし」

「……」

「俺には俺の…、まあ友達そんな多くねえけど、そういうのあるしさ」


 まだ顔を見られない。

 窓の軋む音が一段と強くなった。


「まあ、月島さんあのひとには知られちゃってるけどさ。他の奴らに知られたら色々大変だろ?」

「……」


 今彼女は、どんな顔をしているのだろう。

 知りたくても、口だけが動き続けて、他が麻痺したように動かない。


「親には俺がうまくごまかすしさ」


 次第に速度を増した口上は、止まることを知らない。


「陽奈がやりたいって言うなら、まあ俺もプレゼント選びは嫌いじゃないし。どうする?」


 そこで、ようやく体が動くようになった。

 しかし、あまりにも遅すぎて。


「…めて」

「…陽奈?」

「やめて。そんなこと言わないで。お願い…」


 陽奈の目には、今まさに溢れんばかりの涙がたまっていた。


「え…?」


 彼女も多分それを望んでいるはずだろうと思っていた俺には、つゆも想像しなかった。

 どうしてだ。

 陽奈だって、いつもたくさんの男子から告白されて。

 俺のことを少なからず迷惑に思っているはずなのに。


「私、毎年、楽しみにしてたんだよ?」


 普段に比べて細切れな言葉。


「毎年毎年、真剣に、祐くん考えてくれて」


 今度は俺が、黙り込む番。


「今年だって、そうやって、真面目に考えてくれて」


 気づけば、窓の音も弱まっていた。


「すっごく、嬉しかったんだから」

「でも、お前…」

「わかってる」


 俺の言葉を遮って、元の凛とした、優しい声で陽奈は言う。

 また、静寂が落ちる。


「…ねえ」


 昔を懐かしむ、いつもよりさらに柔らかい声音に、返答が少し遅れる。


「……なんだよ」

「覚えてる?」


 陽奈が不意に窓の外を向く。

 また少し西の空に傾き始めた赤オレンジの光が、陽奈の左頬を照らす。


「初めて、プレゼント交換した時」


 懐かしむような声音からうっすらと想像はついた。けれど、…やはり俺は優しくないんだな、と思ってしまう。

 俺が黙っているのを否定と受け取って、陽奈は少し笑う。


「はは…そうだよね、覚えてないよね」


 そう言われると、かえって知りたくもなってしまうが。

 しかし、聞き返さなくとも、話は途切れなかった。


「最初は祐くんの5歳の誕生日だったんだよ?」


 そうだ。思い出した。

 幼稚園生だった俺らが、初めて互いの誕生日を俺らなりに祝って。

 確か、あのときは—


「四つ葉のクローバー、だったか」

「あ、覚えてるじゃん」

「いや、今思い出したんだよ」


 安心したような顔の陽奈がこちらを向く。

 そうだよ。突然家に来て、泥んこではあるけれども、満面の笑みで俺にクローバーを差し出したんだ。こいつはそういうやつだった。


「5歳だって言うのに、四つ葉のクローバーって…、あはは、なんか思い出したら笑えてきちゃった」


 また懐かしむ表情に戻って、陽奈は笑う。


「でも祐くんってば律儀にさ。お返しくれたんだよ?」

「ひまわりの花だったな」

「うん」


 俺の誕生日は7月26日だから、その翌日に近くの花畑で一本もぎってきたんだ。菜の花の間に分け入ってひまわりの花を取りに行ったあのときは、律儀というか…、当時は陽奈を喜ばせたい一心でやっていた気がするが。


 時計の短針が、また少し進む。

 陽奈が、少しふうっ、と息を小さく吐いた—あるいは、ように見えた、だけかもしれない。少なくとも、この場の雰囲気が変わったことは間違いなかった。


「…それでね?」

「……」

「あの5歳のときからずっと…」


 西陽が、ちょうど、目に入る。

 つばを飲む事も出来ずに、言葉をただひたすら待った。



「…なんでもない」



 張り詰めた空気が、一気に弛緩した。

 なぜだか俺もホッとしたような、しかしどこか惜しいような、そんな気分になった。

 気の抜けたような空気を取り繕って、彼女は言う。


「祐くんはやめてもいいよ。私は勝手に続けるから」

「お前…」


 こいつ。俺の性格を把握していやがる。


「そんなこと言われて、俺だけやめるわけいかねえだろ」

「ふふっ。そう言うと思ってた」


 来年もまた、ここでこんなことをしているのだろう。

 そんな風に漠然と来年のことに思考を巡らせながら、俺も陽奈も笑った。


 …夕日ににおう陽奈の笑顔は、5歳のときから何も変わっていなかった。



 ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵



「帰ろう?」

「そうしようか」


 僕らは、彼らのその行事を見届けて(決して盗み見ていたわけではない)、暗くなり始めた空を見て階段を降り始めた。


「今回も、喜んでくれた…のかな?」

「間違いなくね」


 その自信はどこから出てくるのか、と言わんばかりの断言ではあったが、答え合わせをしなくとも、僕にも大野さんが喜んでいたことは伝わってきた。


「最後…、いい雰囲気だったね」

「そうだね。あのまま行きそうな気配だったけど」

「確かに」


 あの雰囲気は、間違いなく告白だった。いや、本人の胸中が杳として知れないうちにこう決めつけては失礼かも知れないが、少なくとも僕の時はこんな雰囲気だった気がする。


「まあでも…言わなくてよかったのかもね」

「そうかもね」


 関係が変わってしまえば、それまでの付き合い方は完全に崩壊してしまう。それをわかった上でその先へ踏み出すかどうかは、その人の覚悟と状況次第であるのに違いない。


「ねえ」


 桜子が何かを思いついたようにこちらを向く。


「どうしたの?」

「私たちもやろうよ、プレゼント交換」


 まあ予想はついていた。

 というより、僕から提案するつもりだった。なぜって、そうすればそれを口実に誕生日も聞き出せて、桜子を喜ばせる事も出来て。つまり、一石二鳥という手筈だったのだ。

 我が親友も、こんな気持ちでプレゼントを贈っていたのだろうか。


「いいかも知れないけど…」

「じゃあ、決まりだね」

「そんなあっさり…」


 こちらとしては貴女の誕生日も知らないんですよ?

 どうすればいいんだ、と頭を抱えていると。


「私の誕生日、11月17日だから」


 まさに天啓。初めて感じた、この感覚。これが、天啓を受けたモーセの気持ちだというのか…ッ!

 そんな感傷に浸っていると、桜子は未だこっちを向いていた。


「どうしたの?」

「佐藤くんのは?」


 まあ当然か。知っている方がかえって怖いくらいだ。


「2月21日です」

「知ってる」

「え?」


 ならどうして聞いたのだろうというのと、どうして知っているのだろうという思いが、ぐるぐると頭を駆け巡る。

 その答えは出て来はしなかったけれど、鼻歌を歌っている彼女が上機嫌らしいことはわかった。


「帰りにさ、ドーナツ食べて帰ろう?お腹すいちゃった」

「いいね」


 少し足を止めて、空を見上げる。

 午前中の灰曇りから一転、群青から濃紫に変わり始めた空には、しかしながら街灯に紛れて、月明かりに隠れて、星の明かりは数少ない。


「ほーら、先行っちゃうよ?」

「すぐ追いつく!」


 僕たちの日々が続くかどうかは、ほとんど僕の責任と言っても過言ではない。

 けれど、あの星々や彼らのように長く続いてくれることを誰かに祈りながら、桜子の隣に肩を並べた。

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