#9-2

「で、単刀直入に聞くんだけどどういうのがいいと思う?」


 同日放課後。

 朝からの晴天は、僕の抱く二人きりでないことへの物足りなさを映し出すかのように、事も無げに雲を消し去ったまま、橙へと傾き始めていた。

 件の依頼を素早く達成するため、僕らは一路駅へと向かっていた。

 学校ではあまり話をする事もできず、どんなものが好きといったような前提条件の提示もなく切り出され、僕らは困り顔である。


「…いや、何がって聞かれてもなあ」

「私からしたら本とかそういうので全然問題ないけど…」


 …肩越しの視線を感じる。


「…善処します」

「よろしくね?」


 小声で耳打ちし合う。

 誕生日、いつなんだろう…。全然知らないや。

 教えてくれないかと彼女の顔を伺うも、彼女はもう本題に戻ってしまっていた。


「いつもどんなものプレゼントしてるの?」

「うーん、そうだなあ…」


 確かに。それなら少しヒントになるかもしれないな。除外すべきものとして。

 彼はしばし唸ってから、ひねり出したように口を開いた。


「去年は…ああ、そうだ、なんか髪の毛伸びてたから小さいヘアピンプレゼントしたわ」


 よく見てましたね。それとも、こんな風に幼馴染がいると嫌でも見てしまうものなのだろうか。果たしてわからない。


「…喜んでた?」

「いや、どんなのが喜んでたのボーダーかはわかんねえけど…まあ、そこそこ?」


 こちらからすれば、そのという程度も、ほとんど知り得たものではないのだが、彼の口調を見るにちゃんと喜んではくれたのだろう。


 まだ、プレゼント選びの時知っておきたいことは他にもある。


「あの子って何が好きなの?」

「いや知らん」


 …聞き間違いだろうか。

 いや、そうだと信じたい。

 どこかすがるような気持ちで、再度聞き返す。


「…何が好きなの?」

「だから知らんて」


 返ってきたのは無情な答え。さらにプレゼント選びの難易度が上がってしまったというのが、無常にも宣告されてしまった形だ。全くひどい依頼を引き受けてしまったものだ。

 何よりも、気になることが一つある。


「じゃあ今までどうやってプレゼント選んで来たんだよ!?」

「…気分?」


 呆れとか心配とかそういうのをすっ飛ばして最早関心してしまった。

 あまりの難易度の高さに、僕は彼女と顔を見合わせる。


「『気分?』じゃねえよ…」

「まあいいじゃん」


 あまり雑すぎてもう何も言えなくなってきた。

 じゃあどうして今年に限って僕らも巻き込んで真面目に悩んでるんだよ、っていう話なんだが。


「いやな、さすがに今年はおまえらが付き合い始めたの見て真剣に考えなきゃなって思ったっつうだけのことだよ」

「……ああそう…」


 なんというか、少し気恥ずかしい。照れるというか、くすぐったいというか。

 そんな影響を受けるほど見られていたわけか。…よく考えてみればかなり恥ずかしい。少しどころではなかった。身の振り方には気をつけているはずなんだが…。こんなに話の種にしやすそうな組み合わせでは、どんな努力も足掻きも些細だということだろうか。

 …まあでも、桜子の方が大事だし、いいか。

 そもそも、こんなに衆目に晒されていると知ったにもかかわらず、楽観的な思考が働くようになったのはどうしてだろうか。

 そんな一切合切がどうでもよく感じられるほどに、隣で少し頬を赤らめている桜子の横顔が、非常に可愛らしく思われた。

 …こう硬い語調で言っておかないといけないくらい、理性が限界に近いです。



 ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵



 そうこうしているうちに、駅の反対口のショッピングモールに到着した。

 入り口には大きめの看板があって、そこにフロア全体のガイドがある。

 うーんと唸りながら、彼は看板を見上げる。


「去年はここのアクセサリーショップにお世話になったんだよ」


 そう言って彼が指をさしたのは、女性客をターゲットにしたアクセサリーショップ。そんな中に男子高校生が一人で入って行くなど、考えられもしない。すごい目で見られること請け負いだ。少なくとも僕一人では絶対に入ることのできない聖域の一つである。


「へえ。店員さんと相談したの?」

「まあ、一応はな。つかそうやって相談しないと俺が変な目で見られるだけだしな…」

「ああ、まあそうね…」


 当然と言えば当然だな。

 そうすればどういう目的で来たのか周りの人も納得するだろうし。


「で、今年はなんだけどな。2年連続でアクセサリーっつうのもなんかおかしいし、どうしようかってな。そこからなんだよ」

「そうねえ…」


 そうなんだけどな。

 そうなんだけど。


「せめて好みくらいわかればヒントになるかもしれないのに」

「うるせえなあ」


 この悪依頼を受けたことへのささやかな抵抗として、彼に向かって軽口を叩く。


 聞くくらいならタダじゃないんですかね?ちょうどしきたりなんだし。

 そう問いかけると、


「いや、そうかもしれんけどよ」


 返事は今ひとつ煮え切らないまま。

 その先の言葉が出ないうちに、半分くらいの面倒臭さともどかしさで言葉が口をついた。


「ならさ、しきたりで毎年やってるっていうなら今年は実用品とかでもいいんじゃない?」

「まあそうだけど」


 やはり返事は変わらない。

 取り繕うように、彼はフロアガイドに目を戻す。


「いやまあ、色々あんだよ。聞き辛えっていうか…、あいつも一応女子だし」


 苦虫を噛み潰したというか、やり辛そうな表情を浮かべて、彼はため息をつく。

 年頃になると、こうなってしまうのはまあ仕方ないことだ。僕だって妹とは一時期疎遠だったし。あらぬ誤解を招くのも、どちらにとっても都合のいいことではないことだろう。

 近くの噴水を模したオブジェを、さらさらと水が流れる。

 少しの間があって、桜子が口を開く。


「最近の大野さんは…、そうね、髪もまた去年より伸びたけど…」

「見てるんだね」


 意外だった。

 この手の人ってあまり他人に興味を示さない傾向があるように思っていたけれど、それも修正しておくべきだろうか。


「まあ一応はね。見てるっていうよりは目に入るって感じだけど」


 …前言撤回。目に入るっていう言い方とか、さすがです。

 そんな彼女にも考えがあるらしい。


「そういう意味で言うとシュシュとかでもいいと思うけど」

「2年連続だけど、大丈夫だと?」


 最大の懸念事項はそれだ。

 毎年似たようなものをもらっても、消耗品でない限り増えていくだけだからな。

 その心を推測しかねて、僕ら男陣は揃って桜子を見やる。


「だって、去年の髪の長さ見てヘアゴム買ったんでしょ?今年のあの長さだったら、多分ヘアゴムよりシュシュの方が使いやすいはずだから」


 確かに一理ある。いや、一理あるのかどうか女子になったことのない僕じゃわからないけど。

 それにしても、彼女がそう言うだけで説得力が段違いだ。ホントに僕今日いらない子だったんじゃないですかね。

 そんな無力感に苛まれていると、ふと思い出す。


「廊下で友達と話してるときなんかはテディベアとかの話してたけどね」


 確かそうだった。

 いつも通りの取り巻き—4人だったか—と廊下でこんな話をしていた。



 ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵



 授業合間の休み時間。

 大野さんが取り巻きの一人に聞く。


『ねえ、そのテディベア、どうしたの?』

『あ、陽奈、それ聞いちゃう?』


 テディベア持ちの本人は、聞かれたのがかえって嬉しかったのか、心なし声が上擦っている。聞いて欲しかったのだろう、顔もあからさまに上機嫌だ。

 少し妬ましいというような顔で、他の女子も続ける。


『こいつ、彼氏いるんだよ?』

『羨ましいったらないよ、こいつ、その彼氏から誕生日プレゼントでもらったんだって〜』

『……ッ』


 彼氏。プレゼント。

 その単語に彼女が反応するが、取り巻きは気づかない。なおもはやし立てるように、わいわいと騒いでいる。


『ホントおアツいんだから』

『いいでしょ?彼氏持ちの特権よ!』

『……』

『…ど、どうしたの陽奈?』


 一人が、呆けている彼女に気づいて、どうしたのかと声をかけた。

 それを取り繕うように、彼女はぎこちなく笑みを浮かべる。


『い、いやなんでも…』

『欲しいの?』

『い、いや?単純に可愛いなぁ、って…』

『陽奈も彼氏作ればいいのに。誰でもイケるっしょ?』

『私は…』


 そこで、何かを言おうとして口ごもる。言いたくないことでもあったのだろうか。

 次の時間の担当の先生が近づいてきて、ぞろぞろと教室に人が戻ってきた。


『…まあいいよ、陽奈、もうすぐ誕生日でしょ?だから買ってあげるよ』

『ありがとう…』


 彼女は、小さくため息をついた。

 その物憂げな顔を見た男子数名が、また堕ちたのは言うまでもない。



 ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵



「ぬいぐるみとかか?」

「まあそんなとこ」

「…案外おまえも役に立つな」

「だろ?」


 少し胸を張れた。…ような気がする。

 役に立つ、とは言っても、ただ単に盗み聞きしたというのに過ぎず、冷静に考えてみればそんな鉄面皮でもいられない。というか傍目から見たらただの変態でしかない。ただの盗聴犯だ。

 …あれ、やっぱり僕って能無しじゃないんですかね?


 僕がそうやって脳内証明を自己完結させて勝手に落ち込んでいる中、二人は最終決定を下そうと真剣に悩み始めていた。


「んー…。悩ましいな」

「そうね。どっちでも大丈夫だと思うけど…」

「けどあいつのバックにテディベアのキーホルダーついてるの見たことあんだよな」

「あ、そう?」

「うん」


 見てしまう、というわけでは少なくともなさそうだ。


「でもなあ。シュシュもシュシュでもう持ってるはずなんだよな…」


 難解な数学の問題でも説いているのかというくらい、彼は腕を組んで、うーんと唸っている。

 確かに僕としても早く終わらせて二人で帰りたいというのはあるけれど、一年に一回のしきたりということだから、最後の判断は彼に一任すべきだと、僕ら二人とも敢えて口を出さない。それが最低限の、彼が渡す相手に対する礼儀だと思う。


 彼は未だ悩み続けている。

 考え直した方がいいだろうかと思って、声をかける。


「どっちもダメか?」

「……いや」


 しかし存外、返ってきたのは覚悟の表明で。


「俺はこっちにする」


 意を決したように、彼は目的地へと足を向けた。

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