恋と涙と

 かき氷をやっとこさ食べ終え、俺たちは再び祭りの屋台が所狭しと並ぶ道を練り歩く。


「お祭りって見るだけでも面白いね」

「そうだな」


 何もせずにフラフラしているだけでも楽しくある。

 もっとも、隣に優菜がいるからというのもあるが。


「修司も、なにか食べたいものとかしたいことある?」

「なんかって言われてもな……」


 優菜に誘われただけで、特に目的があって祭りに来たわけでもない。

 強いて言えば、この空気を味わっているだけでも満足だ。


「おっ?」


 視界の中、ある一点に視線が止まる。

 屋台の看板には『射的』の二文字が。


「何かあった?」

「久々にバトってみたくなってな……」

「……?」


 男子たるもの、お祭りはくじ引きや金魚すくいなど、エンターテイメント性のある屋台を好む。

 それは俺も例外ではない。

 戦場におもむく兵士の如く、俺はそこへ向かっていく。


「……兄ちゃん、アンタ一人なんかい?」


 酒場のカウンターに金を叩きつけるガンマンの如く300円を出すと(脳内西部劇)、テキ屋のおっちゃんから出鼻をくじかれた(現実)。


「私が居るよっ」

「ええ、まぁ」


 本当は二人だが、変に見られたくもないので、取りあえず言葉を合わせておく。


「くぅー泣けるねぇ。でも、オマケはしないからな。ガンバんな!」


 300円と引換に、コルクの弾が4つ乗った紙皿を渡される。


「むぅ」

「なんで怒ってるんだ?」

「だってさぁ……」


 後に続く言葉は、もごもごとよく聞こえなかった。

 一人と言われたことに対しての、この反応だとは分かる。

 気持ちについてはよく分からん。


「あ、あれが欲しい」

「どれ?」

「あれだよあれ」


 優菜は、棚に陳列されている商品の中で、リボンの付いた小さな熊のぬいぐるみを指さした。


「優菜って、ああいうのが好きなのか?」

「失礼な。私だって可愛い物は好きだよ?」

「柄にないって意味で言ったわけじゃない。ただ、この間お邪魔した家にはそういうのが少なかったからさ」

「あぁ」


 俺の言わんとしていることを察して、優菜が肯く。


「昔はもう少しあったんだけどね。病院で出会った子にあげてたら、なくなっちゃって」

「優しいんだな」

「ちょっと違うかも……ただの偽善だよ」

「偽善?」


 物をあげることが偽善? どういうことだろうか。


「ぬいぐるみもさ、私なんかより他の人に大事にされた方が良いと思ってさ」

「そんなことないだろ。優菜も大切にしていたんだろ?」

「……うん。失って、ちょっと傷ついてた。だから偽善」


 そういうことか。

 優菜の話を聞いて、自然とコルク鉄砲に弾を込める力が強くなった。


「なんだか俄然がぜんやる気が出てきたな」

「あ、別に取らなくても大丈夫だよ?」

「いーや、取る」


 いざ——と、俺は熊のぬいぐるみへコルク鉄砲を突きつけた。

 ふと、何処かで聞いたテディベアの由来を思い出し、皮肉だなと心の中で笑う。


 だがこれも勝負。俺は引き金に掛けた指を動かした。

 ポンと音が鳴って放たれた弾は丁度ぬいぐるみの耳の部分へと当たる。

 距離も当たった位置も完璧だった。


「ナイスショット!」


 優菜も手応えを感じたらしい。

 けれども、ぬいぐるみはびくともせずにその場に座り込んでいた。


「……んん? あっ! この景品、裏で固定してある」


 疑問に思った優菜が景品の裏手に回って、声を上げる。

 こちら側では、見えない位置に仕込みをしているのだろう。


「これじゃ詐欺だよ詐欺」

「そんなもんだろ」


 今のを見て、まぁそうだろうとは思ってはいた。

 サクラに当てさせて、一般には空くじを売ったりと、祭りには良くあることだ。


「……よし」

「よし?」

「ううん、なんでもない」


 優菜の反応に、一抹の不安を覚える。


 まさか、俺が撃ったタイミングで景品を倒すんじゃないだろうな……と思いつつも、俺は再び弾を込めて引き金を絞った。

 テキ屋のおっちゃんには悪いが、それぐらいなら可愛いものだと思っていたが——

 ポンと子気味よい音が鳴った直後、雷でも落っこちたような音が鳴り響いた。


 ……こいつ、やりやがった。


 案の定――と思いきや、優菜の行動は予想を裏切り更に上をいっていた。

 俺が撃ったタイミングで、優菜が景品を棚ごとひっくり返したのだ。


「やったーこれで全部貰えちゃう」


 おい。

 どう謝ろうか悩んでいると、先にテキ屋のおっちゃんにがしっと肩を掴まれた。


「兄ちゃん、アンタすげぇよ……」


 なんか感心されてるし。


「ええい、倒れたモン全部持ってけ!」


 マジかよ。


「いや、それはちょっと悪いですから——」


        ◇


「なんで一個だけにしたのさ」

「あれはズルだろ」

「ズルいのはあのお店でしょう? 全部貰っていけば良かったのに」

「まぁ落ち着けって、これあげるからさ」


 俺は戦利品の熊のぬいぐるみを優菜へ見せる。


「いいの?」

「元々そのためにやったんだからさ」

「……うん、ありがと」


 俺が差し出したぬいぐるみを、優菜はおずおずと受け取った。

 他の人から見たら、やっぱ浮いているんだろうな……。まぁ、この人混みならわからないだろう。

 さて、お次はと考えていると、花火が始まるとのアナウンスが丁度聞こえてきた。


「花火始まったみたい。早くいこっ」

「あ、おい」


 人混みの中、するすると縫うようにして優菜が走る。

 俺と優菜の情報伝達手段は、ほぼないに等しい。

 はぐれてしまったら、お互い探すのも一苦労だ。

 俺は見失いそうになりかけたところで、ぎりぎり優菜の手を取った。


「あっ……」


 俺に手を握られて、ぱっと優菜が振り向いた。


「そんな走ると、はぐれるだろうが」

「えへへ……気をつける」


 お互い手を繋ぎながら、並んでゆっくりと歩き始める。

 花火を見るために人が移動しているのか、人の密度がどんどん増してくる。

 優菜は透けていたので、ある意味人混みの中に紛れ込んでしまっていた状態だったが、それでもお互いの手は離れることないように、しっかりと握りしめていた。

 お互いが離れないように、と。


 そうして、人の流れに任せつつ、歩き続けることしばらく。

 適度なスペースがある場所を見つけて、俺と優菜は腰を下ろした。


 次々に打ち上がる花火を眺めつつ、俺はその辺で買った焼きそばにありつく。

 俺が食べている中、優菜は花火を見ながら、昔あった思い出を語ってくれた。

 俺は、楽しそうに語る優菜の言葉に耳を傾けていた。


 買った焼きそばはすぐになくなったが、花火はまだまだ続く。


 それから、俺と優菜はお互いが出会ったときからのことを話していた。

 夏休みはまだ3週間以上残っているが、思い返せば、長いようで短い時間だった。


「花火、終わっちゃったね」

「そうだな」


 この楽しい時間も、いつか終わりが来るわけで。

 花火のように、夏休みもこの調子で終わってしまうのだろうか。


 ……感傷に浸って、柄にもないことを考えてしまっているな、俺。

 でも、考えてしまうのだ。

 夏休みの後、俺たちはどうなっているのか。


「あっ……」


 ふと、俺と優菜の間に目を落として、俺は驚く。

 俺の手に優菜の手がそっと重ねられていたのだ。


 花火の間、いつの間にか自然に触れ合ってしまっていたらしい。

 それに見て、俺の胸が高鳴った。


 参ったな——と俺は、手から目を背けて空を見上げる。

 気付けば、優菜のことを意識してしまっている自分が居た。


「ん? どしたの?」

「いや、何でもない。星が綺麗だなって」


 祭りの明るさで一部の星が見えなくなっているものの、目を凝らせば天の川が見えた。

 空一杯に広がる星々が、なんだか今日はとても綺麗に見える。


「あはは、変なの。花火とどっちが綺麗?」

「どっちもだな」

「どっちも? ふふっ、修司は欲張りさんだなぁ」

「ははは、そうかもな」


 星や花火だけでなく、優菜と一緒に居るんだ。

 これを欲張りじゃなくして、何と言うんだろう。


「なぁ、優菜——」

「ん? 何?」

「聞いて欲しいことがあるんだ」


 重ねられていた優菜の手をきゅっと握ると、優菜が驚いてこちらを見た。

 ああ、何だろう。

 その、照れてる仕草が凄く可愛いなと思ってしまう。


「ど、どうしたの? 急に改まって」


 俺はこれ以上に、優菜を欲してしまっている。

 本当に欲張りだ。


「真剣に聞いて欲しいんだ」

「えっと、それって……」


 俺が何を言おうとしているのか、直感的に理解したらしい。

 驚きで大きく開かれた瞳。

 優菜の双眸そうぼうの中には、俺が映っていた。


 ——それなら。

 言おうじゃないか。俺の気持ちを。


「俺、お前のことがす——」

「待って」


 気持ちを言葉にしようとした時、優菜の声に制された。


「それ以上は伝えちゃダメ」

「え……?」


 真剣な言葉で拒絶され、呆気にとられてしまう。


「優菜がなんであっても、俺は構わない」


 慌てて、俺はそんなことを言ってしまう。

 言って、自分が変なことを言っているように思えた。


 ——違う。そうじゃない。

 俺にとっての優菜は優菜なんだ。


「それもあるけれど、違う。そうじゃないの……」

「人目がなんだ! 俺は声を大にして言うぞ」


 俺は優菜のことが——


「それ以上、言わないで!」


 悲痛な声に遮られて、俺は再び後に続く言葉を飲み込んでしまう。


「お願いだから、私に返事をさせないで」

「なんでだよ……」

「ごめん」

「せめて理由だけでも聞かせてくれ」

「ごめん。今日はありがと……これ、返すね」


 差し出されたのは、先程優菜にあげた熊のぬいぐるみだった。

 ここで受け取りを拒否すれば良かったものを、急に渡されたために俺は受け取ってしまう。


「今日はうちに帰るよ。修司には黙ってたけど、何度か自分の家に戻ってたんだ」


 それぐらい、知ってるさ。

 ばれてないとでも思ったのだろうか。


「今日はありがと、楽しかった」


 そう言い残して、足早に優菜は去っていってしまう。

 取り残された俺は、その場に立ち竦んでしまっていた。


 追いかけようとしたが、足はちっとも動いてくれなかった。

 追いかけたところで、なんて言えばいいのか、俺には分からなかったのだ。


「なんで、なんでだよ……」


 高慢こうまんながらも、良い返事が貰えるだろうという期待が俺にはあった。

 ただ、NOと言われれば、それはそれで俺は納得していたことだろう。


 けれど、これは、一体何なんだ。

 ――なぁ、教えてくれよ。


 どうして優菜は泣いていたんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る