解ける魔法
「あれ、ここは……?」
なんだか意識が飛び飛びだ。
再び目が覚めると、今度は自宅ではない別の場所に俺は居た。
「救急車で運ばれて病院だよ。電話で言葉は伝えられないけど、番号だけダイヤルしたら来てくれたみたい」
身を起こすと、隣から優菜の声が聞こえてきた。
……救急車?
辺りを見回すと共同の病室ではなく、完全に個室のようだった。
「病院って……ぐっ……」
動こうとすると痛みは感じないものの、ふらりと倒れそうになった。
「駄目だよ、急に動いちゃ。安静にしてて?」
優菜に背中を優しくさすられる。
俺のことを思ってくれて、嬉しかったりもしたが、それと同時に辛い思いを感じて俺の心がささくれ立った。
「なあ、そろそろ話してくれても良いんじゃないか?」
——言葉を伝えさせてくれない理由。
「そう優しくされると辛いんだ」
「ごめん」
優菜は手を止めて、俺からそっと離れていく。
優菜には、悪気とかそういう物があるわけでもない。
どちらかと言えば、それは優しさから来ているものなんだろうなと思う。
だが、それが一番俺にとって辛いことでもあった。
「別に俺は優菜をせめているわけじゃない。理由があるのなら、話して欲しいんだ」
「……」
「お願いだ」
俺はお願いを強調して言う。
今まで何度も訊ねられていたこと。
それを今ここで、使おうとしているのかも知れない。
俺は待った、優菜の返事を。
待ちに待って、ついに優菜の口元がゆっくりと動いた。
「……あのね。聞いて欲しいの」
大事なことだから、と優菜は言い足した。
「人が人たり得るときって、どんなときだと思う?」
……なんだ? その質問は。
一体、何の関連があるというのだろうか。
「
「それは生物学上での話」
「うーん」
「分からない?」
「改めて考えると難しいな」
「受けてきた愛を、他の人に注ぎ返すときだよ」
「……まぁ、何となく分かる、かな」
具体的すぎて、ちょっと納得しにくくもあるが。
「私にはね、魔法が掛けられてるんだ」
「魔法?」
「そう、魔法。以前、私が恩返しをしたいって言ったことあるよね?」
出会って間もない頃の話だ。確かに優菜はそんなことを言っていた。
「私が修司と同じ立場だった頃、私もまた、お願い事を叶えて貰ったの」
同じ立場? お願い事? 優菜は何を言っているんだ?
……ちょっと、まて。
優菜は俺と出会ったとき、なんて言っていた?
——生前ね、良くしてくれた人がいたの。だから、誰かにその分恩返ししたいの。
今までの優菜の言動がパズルのピースのように、はまった気がした。
それが意味すること、つまり——
「……まるで死んだ人間とこれから死ぬ人間で受け継がれてきたみたいじゃないか」
その言葉に優菜からの返事はない。
「そう、なのか?」
俺が死ぬ? 嘘だろ……?
「ごめん。元から私は知ってたんだ」
「まてまて。まるで運命づけられたように言ってるが、決定的な物がたらないだろ」
「あるよ」
俺の言葉に対し、優菜はあるとキッパリ言い切った。
「運命づけられたこと」
「ある、のか……?」
「前に、修司が何で私のことが見えるんだろうって、訊いたことがあるよね?」
「まさか……」
「気付いちゃった? ほんと勘が良いよね、修司は」
「やめろ。それ以上は言わないでくれ」
「霊を認識できる人って、元々そういう力を持っている人か死の淵に立たされている人なの」
聞きたくなかった。ただの深読みであって欲しかった。
——つまり、優菜と出会った時がそもそもの始まりだった、と。
そう、優菜は言っている。
「私たちは、未練を残して死んでは居ない。けれども、若くして亡くなった私たちは、人の人生として大きく欠如してるの」
確かに出会って間もない頃、優菜は未練がないと言っていた。
「今まで受けてきた物を返さずに死んでしまっているから。それを埋めるために代々、私たちは自分が見える人を探してお願いを叶えているの」
今まであったこと、優菜の言葉が、次々と脳裏にフラッシュバックしていく。
「お願いを叶えた相手にこのことを伝えては現世に縛り、それを繰り返している」
ふう、と優菜は大きく息をつく。
今まで隠していたことを洗いざらい、語り尽くした。そんな顔をしていた。
「それが、私に掛けられている魔法」
ようやく、言ってくれた。
けれど俺が欲しているのは、そんな言葉じゃなかった。
俺は嬉しさもありつつ、心の中で怒りがふつふつと沸き上がっているのを自分でも感じ取れていた。
「私が言えるのはここまで。……私のこと嫌いになったよね」
嫌い? ——んなわけがあるか!
優菜の唇が震える。まるで
「今まで黙ってて、ごめん。騙してて、ごめん」
そして、優菜が謝った辺りで、俺の怒りは限界だった。
「ふっざけんじゃねぇ!」
俺が声を張り上げると、優菜がびくっと肩をふるわせた。
「俺の気持ちは無視なのかよ!」
「え……?」
「近々死ぬって、今分かったのは辛い。正直、もっと早くに知りたかったと思う。だが、俺がお前だったら、死ぬって言い出せないかもしれない」
俺は優菜の両肩を掴む。
昨日からずっと寝たきりだったからか、少し身体がふらついたが構いやしなかった。
「けれども、お前は悩んで悩んで伝えてくれた。嘘を付かずに。俺が一番許せない所は、そんなお前が自分に嘘をついて、悲しんでいるところだ」
今言い逃せば、チャンスどころか全てを失うかも知れない。
だから俺は言うことにした。
「俺が死ぬ予定なら、最後のお願いだ。……いや、これはお願いなんかじゃない。お前に対する俺の問いかけだ」
精一杯肺に空気をため込んで、俺はその言葉を口にした。
「好きだ。優菜」
「っ……」
「初めこそは、運命づけられていたのかもしれない。けれど俺の気持ちは本物だ」
だから——
「好きだ! 俺と付き合って欲しい!」
叫んだ直後、病室にすっと静寂が戻る。
俺は優菜の肩を掴んだまま、返事を待っていた。
しばらくして、俯き加減だった優菜の顔に、一筋の涙がこぼれ落ちるのがみえた。
「……そんなこと言われたら、断れないじゃない」
優菜が顔を上げる。顔は涙やらでくしゃくしゃになっていた。
こぼれども、服や床を塗らすことのない涙だったが、俺はそっと拭ってやる。
「私も修司のことが好き!」
俺は優菜の肩をそっと抱よせる。
寄せた身体は微かに震えていた。
「好きで好きでしょうがないんだから」
「ああ、俺も大好きだ」
優菜が俺の胸に顔を
俺は、泣いている優菜の頭をそっとなでてやる。
俺は近々死ぬようだが、これは後退じゃない。
今日からやっと、お互いに前に進めるんだ。
だが、そんな思いに反して、その日から俺の容態はどんどん悪くなっていった。
親が見舞いに来たり、友人が見舞いに来たりと俺は病人らしい日々を過ごした。
俺の病名は、なんだか良く分からない長たらしい名前だった。
端的に言えば癌だったらしく、遠隔転移してしまっていたようで手の施しようがないらしい。
そのうち寝る時間も増え――というよりは気絶に近い。
そんな状態だからか、夜に一人で目が覚める時もある。
そんなときでさえ、優菜は俺の傍にずっと居てくれた。
「山田さんって女の人が、私の前の人だったんだ」
「何処で出会ったんだ?」
「病院で急に私の前に現れて、お願い事はないかって。新手の宗教かと思ったよ」
「それで優菜のお願いって?」
「私ね、学校生活がしたいってお願いしたの」
「……そのお願いは中々重たいな」
「ああ、やっぱりそう? 山田さんもね、結構困ってた」
クスクスと、優菜が笑う。
「けれどどうしてもってお願いして、体調の良かった日に夜の学校へ連れ出して貰ったの」
「夜に学校へ行ったのか?」
「うん。制服を私の家から頑張って持ってきて貰ったり……今思えば持ってくるの大変だっただろうなぁ」
「だろうな」
夜道でひとりでに服が浮いてたら一大事だ。
「それで、教室の鍵を開けて中まで入ったのは良かったのだけれども、途中で警備員さんに見付かっちゃって」
「凄い経験だったな」
「でしょ?」
限りない時間の中、お互いを知るために俺と優菜はいろいろなことを語り合った。
好きなこと、嫌いなこと。
将来の夢や、やりたいこと。
お互いの思いを、ありったけ伝え合ったりもした。
――そして、その日はやってきた。
◇
「うううううぅ……修司、修司……」
「何だよ、優菜」
「修司……」
優菜に名前を何度も呼ばれる。
「俺はここに居るって」
「だって、だって……」
「なんで泣いてるんだよ」
「修司はもう……」
俺の方を見ると、俺は身内に囲まれていた。
ベットの周りで、何人かが涙を流している。
「そうか」
俺、死んだのか。
なんだかあっけないなと思う。
だって、夏休み前にはぴんぴんしてたんだぜ? 俺。
「これでお揃いだな、俺たち」
「何でそんな笑えないこと言うの……」
「悪い。あまり感慨がないんだ」
「ぐすっ……」
「けれど、ほら、泣くなって。ここにはちょっと居づらいし、付き合ってからの初デート、しようぜ」
「こんな時に?」
「ああ」
俺は泣いている優菜の手を無理矢理掴んで歩き出す。
泣き止むまで待つことも考えたが、俺はそうしなかった。
何故だかは分からないが、そうしなければならない気がしたのだ。
足がふわふわしてしまい、思うように歩けなかったが、途中から優菜が手を引いてくれた。
行き先を伝えたつもりはない。
けれど、優菜もどこへ行こうとしているのかわかっているようで、俺たちはゆっくりとそこを目指していった。
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