恋と自分の行方

 俺は一人、ベッドの上で考えていた。

 どうしても昨日のことが、頭から離れてくれなかった。

 悩みすぎたせいか、悪寒がして頭が割れるように痛い。


 ただ、これは別に優菜のせいではない。俺のせいだ。

 でも、ちょっと優菜に対して不満を思ったり。


「クソッ……」


 昨日の事を思い出せば、自然とため息が出た。

 心身共に駄目になる程、俺の心は弱かったのだろうか。


 ベッドの上でしばらく横になっていると、急に睡魔に襲われた。

 あの出来事から、俺は朝になるまで一睡も出来なかったからだろう。

 俺は睡魔に身を任せ、ゆっくりと目を閉じた。


『優菜……』


 俺はお前のことが——


『それ以上、言わないで!』


 なんでだよ……。

 ——どうして、そんなにお前は哀しそうなんだ。


「修司」


 なんだ? やっぱり聞いてくれるのか?


「修司」


 名前を呼ばれている気がする。

 心地よい声、俺の好きな人の声。


「修司! しっかりして!」

「ん……?」


 目を開けると、目の前に優菜の顔があった。


「あ、れ……?」


 俺はまだ夢でもみているのだろうか?

 いや、これは——


「修司、すっごいうなされてて……」

「優菜」

「だめ、動かないで」


 起き上がろうとした矢先、優菜の手が俺をとめる。

 ベッドに引き戻されたとき、何か白い物が俺の視界に入ってきた。


「熱があるみたいだから。大人しくしてて……」


 意識すると、頭に冷たい感触を感じて、右手で触れてみる。

 水で冷やしたタオルが、額に乗っかっているようだった。


「今、何時なんだ?」


 このままでは携帯も見ることが出来ないので、俺は優菜に問う。


「えっと、19時ぐらいかな」


 どうやら、あれから夜までずっと眠ってしまっていたらしい。


「そっか」


 俺が返事をしたのを最後に、お互い無言になってしまい、気まずくなってしまう。

 どうしたものか……。


「あのさ——」

「は、はいっ」

「何でそんな急にかしこまってんだよ」

「だ、だって……」


 再び俺たちの間に沈黙が訪れる。

 何で優菜はうちへ来たのだろうか。

 もしかしたら、昨日のことは何かの勘違いだったんじゃないか。


 阿呆か、と俺は自分に対して心の中で毒づく。

 だが、期待してしまうのだ。

 俺が気持ちを伝えれば、何かしらの進展があるんじゃないかと。


「昨日、さ——」


 昨日と俺が言うと、優菜の顔が陰った。

 やっぱり俺が何を言おうとしているのか、優菜は気付いている。


「伝えそびれたことがあるんだけど」

「それ以上は駄目」

「やっぱりか」

「そんな状態で、言うのも良くないよ……」


 言われてみれば、見事に俺は心身共に満身創痍まんしんそういだ。

 こんな状態で言うのも、互いの気持ち的に良くはないだろう。


「もう夜だし、何か食べる?」

「ん、そういえば少し腹が減ったかも」


 昨日の夜は、かき氷と焼きそばだけだった。

 それだけで今日の夜までとなると、流石に体調不良に勝るほどお腹も減っている。


「おかゆ、作ってくるね」


 もう少し話していたかったが、優菜は台所へ姿を消してしまった。

 ふと、寂しさで心に穴があきそうになり、自分でもなんだかまぁ、女々しいなと思う。

 情緒不安定な状態とは、こういうことなんだな。

 再びの一人身が身にしみていた俺だったが、おかゆを作るだけあって、すぐに優菜は戻ってきた。


「はい、口開けて」

「いや、流石に一人で食べられるからさ」

「……そう?」


 俺は優菜から食器を受け取って、おかゆを口に運ぶ。


「あちちっ」

「やっぱだめ。大人しくしてて」


 今のは病気からではなく、単なる俺のせっかちによるものだったが、優菜に食器を取り上げられてしまう。


「はい」


 再び差し出されたレンゲに、俺は口を付ける。

 こうしていると、昨日のことを思い出してしまい、いたたまれない気持ちになってしまう。


「なあ、優菜。一つだけ聞かせて欲しいんだ」

「……そのことは駄目だよ?」


 そのこと、と前もって優菜に釘を刺されてしまう。

 ここまで言われてしまえば、立つ瀬もない。


 なので、俺は自分の気持ちを伝えるのではなく、優菜の気持ちを聞き出すことにした。


「どうして優菜は、優しくしてくれるんだ……?」


 昨日のことがあったのに、とまでは流石に言えなかった。


「それは——」


 俺の問いに優菜の瞳が微かに揺れる。

 優菜はギュッと目を瞑って、何かを言いかけ——


「……やっぱり駄目。それも言えない」

「そっか」


 答えになっていなかったが、ちょっとだけ俺は安心した。

 優菜には何か大きな理由があって、言うことができないのだろう。


 そう考え、俺は安心して気が抜けてしまった。

 それがまずかった。


 今まで張り詰めたように緊張していたのだろう。急に胃が蠕動ぜんどうし、トイレに駆けようとしたところで足の力が抜けて、ベッドの下へ転げ落ちた。

 なんとか嘔吐だけはこらえたが、今度は気が遠くなりそうになった。


「ちょっと、修司、大丈夫?」

「……大丈夫だ」

「大丈夫じゃないよ! 救急車、救急車呼ばないと!」


 身体が起こせず、優菜がどんな表情をしているのか分からなかったが、口調から察するに、青ざめた顔をしているんだろうなと、なんとなく想像が付いた。

 だが何故、ここまで優菜は焦燥しょうそうしているのだろう。

 自分と重ねているのだろうか?


「なんで、そんな焦ってるんだよ」

「私が何とかするから」

「ちょっとまて……」


 俺の制止もむなしく、優菜は俺の部屋から飛び出していってしまう。

 クソっ……身体が思うように動かない。

 駄目だ。無理に身体を起こそうとすると、気分が悪くなる。


 それに何だが、視界が霞んできた気がする。

 目を凝らせば、今度はぐるぐると視界が回りはじめた。


 ぐるぐるぐるぐる——と。


 マズいと感じた時には、手遅れだった。

 そこで俺の意識は途切れてしまった。

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