お祭りとかき氷

 優菜と俺の寝所はリビングと俺の自室とで、廊下一つと扉二枚分で隔てられている。


 なので、寝る時間になれば、お互いに何をしているのか分からない状況にあるのだが、リビングとダイニングが繋がっていることもあって、夜中に水が欲しくなったときなどには、自然と優菜の姿が目に入ることになる。


 だが、つい最近になって、夜中に優菜の姿が見当たらない時がよく増えた。

 初めは少し心配だったが、夜中に一人歩きしようが、優菜に限っては暴漢に襲われることもない。


 それに、俺は優菜が何処へ行っているのか、何となく感じ取れていた。

 優菜は家に帰っているのではないか、と。


 出会った頃は空元気な振る舞いをしていた優菜だったが、最近はそれがなくなった様な気がする。

 そう思うと、先日のあれは荒治療ではあったものの、よい方向へ転がったようだ。


 俺と優菜はといえば、遊びに行く先を決める際に、互いの意見が食い違って喧嘩するぐらいには仲良くなった。

 大体は優菜の言葉に根負けして、プランなしにそこへ行くことにするも、結局は楽しめなかったねというオチが付くのが毎度のお約束だったが。


 けれども、優菜は言葉とは裏腹に毎日楽しそうにしていた。

 ……そんなこともあって、以前より一層、騒がしくなった気もする。

 例えば今日だ。


「おっ祭りだー」


 朝の、まだ両親の居ない静かなリビングに、優菜の声が盛大に響いた。


「夏祭りだよー」


 優菜を見ると、制服でないことに俺は気づく。


「……なんで、浴衣?」

「幽霊パワー! ばばーん」


 普段と違うことを強調したいのか、変なポーズを決めていた。

 正直、反応に困る。


「何でもありだな……」

「お祭りは浴衣の方程式! ここテストに出るからね」


 めっちゃテンション高ぇ……。


「行くと決まってるわけじゃないだろ」

「つれないなぁ。今日は年に一回の商工祭しょうこうさいの日だよ」


 優菜が言っているのは、地元の商工会が毎年開催しているお祭りだ。あまり大きくない祭りではあるが、この地域では有名なお祭りが少ないこともあって、多くの人が集まる。


 最後に行ったのはいつだったっけか。

 最近は友人と行くこともなくなり、最後は中学の頃だったように思える。


「いってらっしゃい」

「ええー!? ねー、行こーよー。行こー?」


 肩を掴まれ、ぐらぐらと揺らされる。

 この様子だと、俺がうんと言うまで離してくれなそうだ。


「わかった。わかったから。……ただ、夕方からな」

「夕方? どうして?」

「そっちの方が味があるだろ? それに朝から行ってもすぐ回り終えちゃうしな」


 このテンションで朝から引っ張り回されるのは辛いので、適当に誤魔化しておく。

 夕方までには、もうすこし低くなってると良いのだが。


「なるほど……」

「例年通りなら、夜から花火もあるし」

「花火……!」


 キュピーンという効果音が……鳴ってはいないが、そんな音が脳内で鳴るぐらいの鋭い視線が返ってきた。


「夕方ね、絶対だよ。絶対」


 とまぁ、上手い具合に引き延ばしたのはいいものの、時間はすぐに進むもので、すぐに夕方になった。


 中学生の時以来のお祭りは、なんだか少し廃れて見えた。

 けれど、お祭りの規模は昔とほとんど変わっていないようで、変わってしまったと言えば自分の背が大きくなってしまったことで、屋台などが小さく見えてしまっているからだろう。


 どんどんと、何処かで鳴っている太鼓の音に合わせるように、俺と優菜は屋台がならぶ場所へと進んでいく。


「かき氷だ!」


 屋台が見え始めて早々、優菜が声を上げた。

 一旦、屋台の端から端までくまなく見てから、屋台を選ぶのが俺のお祭りに対するセオリーだったが、優菜の言葉に俺は足を止める。


「ねぇねぇ、かき氷。かき氷」

「優菜は食べられないだろ」

「今日にそういうツッコミはだめ」

「確かに無粋かもな」


 本人が忘れているなんて事はないだろう。すなわち、俺が食べるというわけで。

 まぁ、かき氷ぐらいなら腹一杯になることはないだろう。

 それに、屋台の端から端まで見る必要があったのは、幼い頃でお金とお腹の容量が少なかったからだ。今はその制約を気にする必要はない。


 屋台を覗き込むと、気のよさそうなおっちゃんが一昔前の映写機みたいな縦回しのかき氷器で、氷をガリガリと削り取っていた。

 一つ300円らしく、ラムネやいちご、コーラなど定番の味が一通り揃っていた。


 食べるのは俺になるんだから、と味をどれにしようか悩んでいると、ちょいちょいと俺の服の袖を引っ張られた。


「これ! 絶対これが良いよ」


 優菜が指さしたのは、屋台の一番端っこにある、手書きのホワイトボードだった。

 見れば、『カップル様用! 特製かき氷800円』の文字が。


「えぇ……」


 訂正。金は有限だ。


「いいじゃない。お祭りなんだから」

「買うのも勇気が……」

「一生のお願いだから。ね?」


 一生はもう終えているだろうと言うツッコミは、果たしてしても良いのだろうか。


「そこまで言うのなら、まぁ」


 異論こそあるものの、対案があるわけでもないので、やむなく買うことにする。

 優菜にカップル用をせがまれ、少し浮かれてしまっていたのかもしれない。

 だが、後悔はすぐにやってきた。


「全然減ってくれない……」


 屋台の近くにあったベンチに腰を下ろしてしばらく。

 俺は早く食べ終わろうと、氷をどんどん口へ運んでいくが、カップル様用なだけあって中々減ってくれない。

 ハートが書かれた大きめのカップには、もう一本のストローが刺さったままだ。


 俺の手にあるストローは特殊な形状をしていて、もう一方のストローと組み合わせるとハート型になるのだが、それが余計に食い辛さを助長している。

 それに、屋台が建ち並ぶ通り道な事だけあって、時折、冷たい視線が俺に刺さっているような気がした。


「へへ、ゴメン」

「……勢いで買うとこうなるんだ」

「お祭りの醍醐味だよね」

「それについては、分からないこともないけどさ」

「食べさせてあげよっか?」


 カップル用だし、と優菜が口にする。


「はい、あーん」

「それは色々とまずいだろ……って」


 優菜がもう一つのストローを持って、こちらへと差し出してくる。

 俺にはしっかり優菜が持っているように見えるが、他から見れば浮いているように見えるだろう。


「ほら、早くしないと食べられないよ?」


 分かっててやっているのか? どうも白々しい。

 俺は見られていないかどうか周りを確認してから、差し出されたかき氷を口に入れた。


「んふふ、おいちい?」


 気味の悪い笑い声を出して、馬鹿にされたことを言われる。

 いっぺん殴ってもバチは当たらないんじゃなかろうか。


「はい、もう一回」

「だから、まずいって……」

「美味しくないの?」

「そういう意味じゃなくてさ」

「大丈夫だって、これだけ人が居ればわからないって」


 優菜はくすくすと笑って、再び俺の口元へかき氷を差し出してくる。


 ……まぁいいか。

 噂になったらなったで、それは面白い。


 噂に対してこう言ってやろう。面白い女の子が居るんだって。

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