手料理の味は

 立花優菜たちばなゆうな

 元、神楽坂高校二年生で、没年は昨年の8月5日。


 幽霊歴は一年弱で、俺の願い事を叶えないと成仏出来ないらしい。

 これについては、意味が分からん。


 黒髪で長さは腰丈位まであり、聞けば、全く染めた事がないというので今時珍しい。そういうこともあって、非常に幽霊っぽい。

 ヒールなしでも背が高く、よく見ればかわいい。街で出歩けば多少目立つんじゃないだろうか。……俺にしか見えないみたいだが。


 昨日得られた情報と、立花に対する俺の印象はこんなところだった。


 幽霊を家に置いておくのは少し心配だったが、一人の時は非常に大人しくしていたようだ。

 朝、リビングへ向かうと、立花が昨日と同じ場所にじっと座って待っていた。


「おはよっ」


 立花がこちらに気付き、人懐っこそうな笑顔で出迎える。


「ああ、うん……おはよう」

「どうしたの? 元気ないね」


 立花のことが気になって、熟睡できなかったためか、何となく体調が悪い。


「あんまり寝られなくてな」


 かといって、立花の所為せいにも出来ないので、短く切ってそう告げる。


「ゴメン。私が原因かな……?」

「いや、気にしなくていいさ。夏休みだから寝てもいいんだし」

「膝枕とかする?」

「なっ、何言ってんだ」

「あ、その顔は~。照れてる照れてる」


 獲物を見つけましたと言わんばかりに、立花は生暖かい視線を俺にぶつけてきた。


「お前、塩をまぶした手で殴るぞ」


 対霊用装備(塩)。

 効くかどうかは不明。


「膝枕は冗談でも、身体には気をつけないと駄目だよ」

 

 ……そういえば、立花は何かで死んだんだよな。

 その言葉には、妙に力が籠もっていた。


「それで、お願いごと。決まった?」

「いや……」

「悩んで眠れなかったとか?」

「阿呆か。願い事を気にするなんざ、二の次だ」

「一つ目は?」


「……」

「……」


「もしかして、わた――」

「願い事、決まったぞ」

「え? ホントっ?」

「マジだマジ。良く聞けよ」

「どきどき」

「効果音を口に出さなくていい。言うぞ……」


 俺は、リビングの隣にあるダイニングキッチンを指差した。


「朝食を作ってくれ」

「朝食かぁ」

「なんだか、気乗りしてない反応だな」

「何というか、うーん」

「物に触れたり出来ないとか?」


 触れることが出来ないのであれば、願いとなりうるそのほとんどが難しいだろう。


「出来るよ。大丈夫」

「んじゃ、任せたぞ」

「えと、まぁ……うん。わかったよ」


 歯切れ悪い言葉を残して、立花はキッチンへと向かっていった。


「冷蔵庫、あけていい?」

「いいぞー」


 なんか、本当に作る気になったようだ。

 任せると言っておきながら、本当に料理が出来るのか急に気になってきた。

 ……ちょっと様子を見てくるかな。


「んー、余り物は入ってないのか。あ、ご飯が冷凍されてる」


 冷蔵庫がひとりでに開いている……。

 おまけに食材が、ふよふよと宙に浮いていた。

 理屈はわからないが、一昔前の映画で見るポルターガイストのような光景だった。


「そういえば」


 台所に立っている立花の姿を見て、ふと気付く。

 立花の服装は、学校がないのにも関わらず制服のままだ。

 そもそも、幽霊って服とかあるのだろうか?


 立花が着ているのは夏用のセーラー服で、半袖のタイプだった。

 神楽坂高校にも夏用冬用と、二種類の制服がある。今は夏だから違和感もなかったが、冬はどうなるのだろうか。

 まぁ、そのことは後で聞けば良いだろう。


 それにしても――

 立花の制服姿を眺めていると、二つの膨らみに目が止まってしまう。

 改めて見るとでかすぎだろ……。


「あ、ちょっと」


 立花が俺の視線に気付いて、こちらへ振り返る。


「見られると恥ずかしいからダメダメ!」


 見ていた場所は違ったが、後ろめたさを感じてしまっていたので、俺は慌ててリビングへと引き返した。

 なんだか自分の家じゃないような感覚がして、落ち着かなくなった俺はテレビを付ける。

 しばらくニュースをぼーっと眺めていると、食事が出来たのか立花がリビングへとやってきた。


「じゃじゃーん。どう? オムライスー」


 テンション高めの言葉と共に、俺の目の前に大小二つの皿が並べられる。

 一つは立花の言葉通りにオムライス。もう一つは琥珀色こはくいろをしたスープが入っていた。

 よく見れば、いびつなハートがオムライスの上にケチャップでえがかれていた。


「ごめん、朝から重たかった?」


 ハートが書かれたオムライスにどう突っ込めば良いのか悩んでいると、心配そうな面持ちで立花がこちらを見た。

 別に、朝からオムライスでも問題ない。問題といえば、書いてある記号だ。

 初めに感じた立花の印象とのギャップに戸惑うばかりだが、初めからこういうキャラなんだろう。

 そう思うと、少し慣れてきた気がする。


「いや、本格的で驚いてた」

「早くしないと冷めちゃうよ?」

「そうだな。いただきます」


 普段は言わない挨拶を大仰にして、俺は皿の横に乗っていたスプーンを手に取った。

 端のご飯と卵を崩してすくい、恐る恐る口にする。


「どう?」

「うまい」

「よかったー。料理は久々、味見も出来ないで心配だったんだ」


 俺の言葉に虚偽や誇張はない。

 オムライスの卵は焼き卵ではなく、半熟のスクランブルエッグのようにふわふわとしていて、口の中で卵の甘味とチキンライスの塩味が程よくマッチしている。

 店でも中々ない、出来映えなんじゃないだろうか。


「そういえば」


 俺は口へ運ぼうとしたスプーンをとめて、立花を見る。


「なんで成仏しないんだ?」


 願い事は叶えたはず。

 なのに、立花は机の対面でオムライスを口に運ぶ俺を、嬉々とした目で見続けていた。


「うーん……」


 立花は口に手を当てて、考え込む。


「やっぱり、もっとスケールの大きいお願いをしないと駄目な気がする」

「なんじゃそりゃ」


 一兆円以下、料理以上のお願いって何だ。


「じゃあこれは?」


 俺は、皿の上のオムライスを指さした。


「お近づきの印って事で。女の子の手料理だよ?」


 女の子っても幽霊だしな……。

 正直なところ、ありがたみ半減だ。

 だが、味については本当にうまかった。


「ふー、ご馳走様」


 すっかり空になった皿の上に、俺はスプーンを置いた。


「お粗末様でした」


 一口食べれば、そこからはノンストップだった。

 それぐらい立花の作る料理は美味かった。


「幽霊も料理、出来たんだな」

「ゆうれいじゃなくて、ゆうな」


 幽霊と言われて立花がむっとした表情になる。


「いきなり下の名前ってのもなぁ」


 本人が良いと言っているとはいえ、流石に気が重い。


「それでも、せめて名字で呼んで欲しいな」

「……立花」

「うんっ」

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