遊びに行こう

「もう一回。ねえ、もう一回だけ」

「何度やったって勝てないだろ」

「むー、悔しい」


 立花が物に触れられるというので、昼ぐらいから俺たちは一緒にゲームをやっていた。

 様々なジャンルをプレイしていったが、戦績は俺の全戦全勝。


 持っているゲームだからと言うのもあるが、それを鑑みても立花は弱かった。

 それでもやり続けようとするのは、負けず嫌いなのか何なのか。

 聞けば、久々のゲームだからということで、すっかり没頭してしまったらしい。


「もう良い時間だし、また後でな」


 俺は壁に掛かった時計を見る。

 時計の針は既に19時を回ろうとしていた。

 夏休み初日から、なんだか一日を凄く無為に過ごした気がする。

 だからといって、全体に対しては40分の1の浪費なので気楽なもんだ。


 部活動に入っていれば練習の日々になるのだろうが、それはそれで有意義なのかどうかは俺にはわからない。

 まぁ、こうして女の子が家に居て遊んでいるシチュエーションについては、他と比べて良い時間を過ごしているのかも知れない。


 ……幽霊だけど。


「そっか、もう夜か。昼に続いて夜も何か作ろっか?」

「いや、流石に何度も悪いよ。買えばいいわけだし」


 ちなみに昼は作って貰って、冷たいパスタだった。

 手軽だからといいつつも、麺以外の具材は一から作ったようで、非常におしゃれな物が出てきたので驚いた。


「しっかり食べないと駄目だよ?」

「厚かましく、そう何度も作って貰うのは気が引ける。お願い事にならないようだし」

「まぁ、そこまで言うのならいいけど。それで、別のお願い事は決まったの?」


「またそれか。急に言われてもそんな出てこないって」

「何でも良いんだって」

「そう言われてもだな……」


 俺は困ってしまい、頭を掻く。

 立花は何でもと言うが、その実、制限がありすぎる。

 何か答えみたいなものでもあるのか?


「膝枕でも良いんだよ?」


 こいつ……。

 俺のことを分かってて、からかってきている。

 仕返ししよう。そうしよう。


「じゃあ、■■■■で!」


 人には(ましてや女性には)言えないようなことを、俺は高らかに宣言した。


「………………はい?」

「■■■■で」


「え、え?」

「今すぐ■■■」

「ちょっと、そういうのは……」


「何でも叶えるって言ったのに、出来ないのか?」

「で、出来なくはないと思う……けど……」

「けど?」


「や、やっぱりこういうのは――」

「■■■!」

「くぬぅ……」

「■■■! ■■■! ■■■!」

「くぬぬぅ」


 効いてる効いてる。


「わ、私だって言えるもん! ■■■! ■■■! ■■■!」

「!?」


 びっくりした。

 なんてことだ。自ら危ない言葉を連呼している。

 空気的に、これ以上は何かと危険だ。

 だが、ここで俺が引いてしまっては男が廃る。


「■■■!」「■■■!」「■■■!」


 負けじと立花も言い、お互いが危ない単語を言い合う形になる。

 ……なんだろう。この空間。

 色々とイケナイ気がする。


「やっぱり、そういうのはダメ! 言うのもダメ!」

「急に恥ずかしがって、今更何言ってんだ」

「あーもう! 私の方が先輩なんだから、先輩の言うことは聞くことっ」

「お前、最終学歴俺と同じだろ」

「くぬぅ……キャリア社会の弊害が」


 実質、高校中退と見ていいだろう。


「それでも! 私の方が年上なんだから」

「言い直さなくて良い。死んでんだから、俺と変わらないだろ」

「……好きで死んだわけじゃないもん」


 ぼそり言って、立花は下を向いた。

 しまった。言い過ぎたか。


「悪い、どうでも良いことから口が滑った」

「ううん、平気。一年も一人だったから考える余裕はたっぷりあったよ? だから何を言われても大丈夫」


 さっぱりと答えた割には、先ほどの反応は酷く寂しそうだったように思えた。


「ずっと独りで寂しくなかったのか?」

「まぁ、そうだね。でも、今は柏木君が居るし」

「ここで俺の名前を出されてもな……」


 出会ってまだ一日だ。

 これといって特別な事をしたわけでもない。


「そういえば、柏木君……ご両親はおうちに居ないの?」

「今更だな」

「私もしばらく普通な生活してなかったから、気にならなかった」


「父親は北海道に長期出張で、母親なら今、実家に行ってるよ」

「柏木君はご実家に行かないの?」

「テスト期間と被っちまったからな」


「明日にでもお母さんの所に行った方が良いよ」

「なんでだよ」

「なんでも! 家族は大事にしないと」


 立花の声はどことなく上ずり、焦っているようなふしがあった。


「母さんの実家はここから近いし、来週には両方とも帰ってくるよ」

「そっか……」


 立花はすっと目を細めて、遠い目をした。

 立花にも家族が居るんだよな……。


「明日ちょっと出掛けてくる」

「え、何処行くの? 私も行く!」

「立花は来るな。俺一人で行きたいんだ」

「お友達?」


 俺は首を横に振る。


「もしかして彼女?」

「違う」

「じゃあ連れて行ってよー。あんなこと言うぐらいなんだから、彼女居ないんでしょー? モテないんでしょー?」


 酷い言われようだった。


「駄目だ」

「ぶー」


 落ち込んでいたと思ったら、今度はふくれっ面をした。

 表情がコロコロ変わり、抒情じょじょう的で見ていて面白い。


「行きたい行きたいー、遊びに行きたいー」


 面白い奴だと見ていると、お次はジタバタと床で暴れ出した。

 流石にこれはちょっと面白くない。

 近所迷惑にはならないだろうが、俺には迷惑なので、勘弁願いたい。


「わかったわかった。時間があるときにな」


        ◇


「住所が知りたい?」

「ええ、お願いします」


 夏休み二日目の午前。

 教員は夏休みでも平日は出勤しているので、担任に会うため俺は職員室へと来ていた。


「一応聞くが、ちなみに誰なんだ?」

「一年上の立花さんです。知ってますか?」

「立花って……あの立花か」


 あの、と言うぐらいなので、事情についても知っているらしい。

 まぁ、一年前に亡くなったらしいので、知らない方がおかしいのだが。


「お願いします。教えて下さい」

「なんで、立花の住所が必要なんだ?」

「そろそろ一周忌じゃないですか」


 あらかじめ用意していた理由を担任へ告げる。

 少し手応えのある反応だったが、少しして担任は首を横に振った。


「……最近はプライバシー保護とかそういうので開示できないんだよ」


 担任は眉間にしわを寄せ、険しい顔をした。

 実のところ、既に立花はここの生徒ではない。それがいけなかったらしい。


「そこをどうにか」


 何度も頼み込むと、担任はため息一つ漏らして、やれやれといった様子で袖机の鍵を開けた。


「内緒にしろよ」


 中から分厚いファイルを取り出し、ぺらぺらとめくっていく。


「ありがとうございます」

「俺が教えたって言うんじゃないぞ。学校じゃなく、友人に訊いたと言え」

「わかりました」

「あー、あった。立花の住所は――」


 担任から立花の住所を聞き出した俺は、当の本人を家から連れ出し外に出た。

 昼に近い時間だったので、どこかで食事をと思ったが、立花が食べられないことを思い出して、俺はコンビニで軽食を買い、そのままコンビニ前で食べた。


 私のことは気にせず、しっかり食べた方がいいとその時に立花から言われたが、自分がそれを許さなかった。


「それで急にどうしたのさ、出掛けるって。一人で出掛けるんじゃ無かったの?」

「いや、その用事はもう済んだ」

「それになんで制服なの?」


 一日中、セーラー服を着ている立花に言われたくないが、確かに夏休みなので制服は目立つ。


「さっきまで、学校に行ってたからな」

「夏休みに学校……? あっ」


 察したような表情になって、立花は目を伏せる。


「ごめん、変なこと聞いちゃったね。でも大丈夫。補習の後はしっかり遊ぼう!」

「こう見えて、テストは良い点だからな!?」


 自分で良い点と言うのもあれだが、赤点を取ったことは一度もない。


「じゃあ、なんで学校なんて行ってたのさ」

「ちょっとした用事だったんだが、それもすぐ済んだ。立花は遊びに行きたかったんだろ?」

「ホント!? すっごい楽しみ」


「で、どこへ行きたいんだ?」

「あ、これなんかデートっぽい!」

「はいはい」


 デートっぽいなと合わせようと思ったが、急に恥ずかしくなって投げやりに答えてしまう。

 なんだか、昨日から調子が狂わせられているような気がする。


「晴れてて良かったねー」

「晴れすぎてて、暑いぐらいだ」


 陽を受けたアスファルトの熱気で軽く汗ばみ、半袖Yシャツの袖が腕に張り付いてしまっている。


「じゃあ、最近出来たショッピングモールへ涼みに行こ?」

「大通り沿いに出来たイオンか?」

「うん」


 ここからだと電車に乗るまでもなく、歩きでいける距離だ。

 歩きでいける距離なのだが、この辺りは坂が多く平坦な道が少ない。


 登ってはくだって、と何度か繰り返した頃には、暑さと疲れで俺はへとへとになっていた。

 道に人が少ないのは、この暑さ故だろうか。

 立花は幽霊だから暑さを感じないのか、けろりとした顔でいる。


「頑張れ頑張れー、後もうちょっとだから」

「気楽に言ってくれるな……」


 そうして、ようやく俺らは目的地へと辿り着いた。

 入り口に入ると、空調の効いた冷たい空気が俺を出迎える。


 暑さでへたっていた俺の体力は、冷房の力で次第に元に戻り、色々な場所をグルグル回れるほどには回復した。


「今になって気付いたけど、私の行ける場所ってほとんどないね……」


 ショッピングモールで、ふらふらと商品を見ながら歩いたものの、服などは幽霊である立花の身には何の意味もなく、目的のないウインドウショッピングでは会話が弾むぐらいだった。


「だろうな」


 もっと、立花と一緒に楽しめそうなものは何かないだろうか。

 少し悩んで、俺はある事を思い付いた。


「映画でも観に行くか?」

「映画!? 観に行くのは久しぶりかも」


 ここのモールには、映画館もある。

 上映している映画については何があるのか知らないが、立花が楽しめる事を思うと、ベストスポットだった。


「昨日ふらふらしてたとか言ってたけど、一体何してたんだよ。趣味とかは?」


 映画館へと入り、俺は立花に訊ねる。

 何か好きな事があれば、それを足がかりに映画を決めるのも良いだろう。


「んー、人間観察」


 高尚なご趣味をお持ちのようで。

 履歴書には書きたくない趣味ナンバーワンだ。


「結構楽しいんだけどなぁ」

「例えば?」

「夫婦ゲンカ中のおうちにお邪魔したり」


 悪趣味すぎるだろ……。


「人間観察じゃなく、映画鑑賞とかにしておけ、な」


 そう言って、俺は券売機で座席を指定し、チケットを購入する。

 立花は何でも良いというので、昨日公開されたばかりの童話を原作にした映画をチョイスした。


 その映画のチケットが、券売機より二枚はき出される。

 二枚の内の一枚をポケットにねじ込み、手に残った一枚を係員に見せて中へと入っった。


「ねぇ、何で二枚買ったの? 私なら要らないのに」


 こっそり買ったつもりだったが、しっかりと見られていたらしい。


「タダ見はだめだ。それに座席は隣同士が良いだろ?」

「あー、私が座ってるところに誰か座っちゃうといけないからね」

「そういうとき、どうなるんだ?」

「基本的にすり抜けるよ? ただ、しばらくすると私の方か重なった相手の体調が悪くなるかな」


 立花と俺では接触出来るが、やはり俺以外の人間だとすり抜けるのか。


「何でもなかったのに急に体調が悪くなるとか、それか?」

「それは多分、病気。基本的に人は無意識に私たち霊を避けるから」

「無意識に?」

「そう、無意識に、だと思う」


 急に弱腰になったな……。

 よくよく考えてみれば、立花は既に霊なので分からないのだろう。


「電車で誰も座らない席ってあるでしょ?」

「あー、たまにあるよな。立ってる人が居るのに空席って」

「そういう所は大抵誰かが座ってるよ」

「誰かってやっぱり、立花の他にも霊が居るんだ」

「今もいるよ? ほら、最前列の座席横におじいさんが立ってる」

「……分からんな。多分俺には見えてない」


 目をこらすも、立花のいう最前列横には誰一人として立っていなかった。

 よく考えれば、いままで霊感なんてものを、俺は微塵も意識することがなかった。


 つまり、俺はただの一般人というわけで。

 だが、何故俺には立花が見えるのだろう。

 何か特別な理由でもあるのだろうか?


「なぁ、何で俺には立花が見えるんだ?」


 そう訊ねると、立花は一瞬だけ悩んだような表情をしてから、こう言った。


「愛だよ、愛」


 訊いた俺が馬鹿だった。


「立花はそのおじいさんに話しかけないのか?」

「スルー!?」

「……いや、反応しにくくてな」

「所詮、他人だからね。私たちは基本、不干渉だから。覚えておくといいよ」

「一体、いつ使うことになるんだ。その知識……」

「覚えていて損はないよ」

「覚えてたらな」


 地縛霊になるつもりなんて毛頭無いし、いつ使うことになるやら。


「そういえば、ガラガラでよかったね。映画館」

「何でだ?」

「今の柏木君、普通の人から見たら独り言激しい人に見えるだろうから」

「あー……」


 完全に失念していたことを指摘され、思わず間延びした返事になってしまう。


「今日周りの人を見てたけど、歩きながらだと少し怪しまれる程度だったけど、こういう場所じゃ、おかしな人に思われちゃうよ」

「分かった、注意する」


 そう言いつつ、いざ映画が始まると、立花は他の人間に声が聞こえないことを良いことに、わーわーあれこれ口にしながら観始めたものだから、俺は映画よりも立花を見る時間の方が長かった。

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