第7話 初体験

 二人は男女別、受験番号順に割り当てられた教室の案内掲示を確認すると、試験終了後の待ち合わせ場所を決めた。

「いい?時間が余ったら、計算間違いがないか、見直すんだよ」

 妙子の最後の一言に京也は軽く頷いた。

 初めて入った大学の教室は、映画館のように感じられた。スクリーンを思わせる黒板を前に何列にも配置された机は、何人分にも長く横に伸びている。椅子は、それぞれの席の後ろの机に可動式の座板が据え付けられ、人が座っていない時は上を向いて光沢のない裏面を見せている。それを下ろして腰掛けると、後ろの机が背もたれとなった。

 席がほぼ埋まり、試験監督員からの説明に次いで、解答用紙が配られた。配ると言っても、最前列の子供達に人数分の束を渡し、それを各々が後ろに回していくのである。B4サイズ横型表裏二枚の解答用紙の上には、B5サイズ縦型の二枚複写の用紙が左側に綴じられており、答案の返送先を記入するようになっている。得点と順位の記入欄もそのすぐ下に設けられ、これが成績表となって返って来る。監督員の指示に従い、子供達は住所と名前を書き込んだ。

「これから問題を配りますから、ノートや参考書、問題集などは鞄の中にしまってください」

 監督員はそう言うが早いか、ろくに確認もせず、先程と同じように最前列の机の上に紙の束を無造作に載せ始めた。四教科が一纏めに綴じられた問題冊子の受験者全員に行き渡った頃、彼は黒板に「1234」、「国算理社」、「算国社理」と縦に三行、大きく書いた。試験開始の時にどちらの順で問題を解くのかを指示するという。座席の間隔を取っていないため、隣席の受験者に異なる教科の問題を解かせるという工夫であろう。

「トイレに行きたい人は今のうちに行っておいてください」

 監督員の呼び掛けに反応する者は誰もいない。このすし詰めの状態で席を立って移動する程、催している子はいないようである。

 そうこうしているうちに試験開始の時刻が迫って来た。

「試験開始一分前です。机の上に受験票、筆記用具、時計以外の物が出ていないか、もう一度確認してください」

 監督員はそう言いながら、最前列の、受験者達から向かって一番左の席の前に立った。

「これから最初に解く教科を言います。列毎に違いますから間違えないように注意してください。私が、『始め』と言ったら試験開始です。それまでは問題用紙や解答用紙に何も書かないでください。――はい、この列は算数」

 彼は真上に挙げた右腕を正面に振り下ろした。次いで足早に左へ――子供達からは向かって右に移動すると、同じ動作で今度は「国語――」と言った。以後同様に、「算数」、「国語」、「算数」、……と半ば叫びながら素早い蟹足で端の列まで到達すると、一段と大きな声で「始めっ!」と叫んだ。息を切らす監督員を余所に、子供達は一斉にガサガサと問題に取り掛かった。京也は自分の席が奇数列であることをいち早く確認し、一問目の計算式の崩し方を考え始めていた。問題冊子にカバー頁はなく、一頁目からすぐに算数の第一問が掲載されていたのである。(つづく)

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